○◎ 同時代に、同じ国に、華麗なる二人の女王の闘い/王妃メアリーの挫折と苦悩 ◎○
◇◆ メアリーの身辺に危機が迫る ◆◇
当時のサー・フランシス・ウォルシンガムは、イングランドの諜報機関の総元締めで、いまでいえばMI5(国内防諜機関)とMI6(対外諜報機関)をたばねたような機関の長だった。 そして国内はもとより、ヨーロッパ中に諜報網を張りめぐらしていた。 残されている記録によると、かれは32カ所に情報提供者を置いていたという。
ギルバード・ギフォードから連絡をうけたウォルシンガムは、彼をイングランドに帰国させると、ロンドンのフランス大使館と接触させることにした。
そのころのメアリー・スチュアートは、イングランド中部のチャートリーの館に幽閉されていて、外部との接触はもちろん、手紙のやりとりも禁止されていた。 ギフォードは、カトリックの神学校にいっていた経歴を利用してフランス大使館に接触すると、そこにたまっていたメアリー宛の手紙を、極秘に彼女に届ける運び屋となった。
ギフォードのやり方は、メアリーの幽閉されていた館に出入りするビール製造業者のビール樽の栓のなかに、皮でくるんだ手紙を隠す、というものだった。 しかしこれらの手紙の内容は、ウォルシンガムに筒抜けになっていた。 それというのも、ギフォードが、メアリーとフランスの支持者らがやりとりする手紙を、ウォルシンガムを経由して運んでいたからである。 そしてそれらの手紙から、ウォルシンガムは、サー・アンソニー・バビントンらの陰謀があることを知ったのである。
そこでウォルシンガムは、次にギフォードをバビントンと接触させた。 ギフォードは、バビントンにメアリーの手紙を見せて信用させると、彼女がフランスからの手紙でバビントンらの計画を知り、もっと詳しい話を知りたがっていると説明した。 すると気をよくしたバビントンは、さっそくメアリーに、エリザベス暗殺計画をあかす手紙を書き、それをギフォードに手渡したのである。
バビントンとメアリーは、手紙を暗号で書いてやりとりしていたが、それらの手紙はすべてウォルシンガムのもとで写しがとられ、かれが雇い入れたトマス・フェリペスという暗号解読家のもとで解読されていた。 そしてウォルシンガムは、メアリーがエリザベスの暗殺計画にかかわっているという決定的な証拠をつかむまで、バビントンを泳がせていたのである。
1586年7月17日、メアリーはバビントンらの計画を承認し、計画にかかわっている者たちを激励する返書を書いた。 そこには、エリザベスの暗殺と自分の救出が確実にできるのか、と確認することまで書いてあったという。
この手紙も、ウォルシンガムのところに渡っていた。 そしてフェリペスによって、「計画に加わっている者たちの名前を知りたく思います」という文章が、メアリーの筆跡をまねて書き加えられた。 フェリペスには、筆跡偽造の才能もあったという。
ウォルシンガムは、メアリーが関与している決定的な証拠をつかんだだけでなく、バビントンから仲間の名前を引きだし、陰謀にかかわっている者、全員を一網打尽にするつもりだったのである。 メアリーからの手紙を受けとったバビントンは、そんなこととも知らず、彼女に仲間の名前を知らせる手紙を書き、計画を進めていた。
しかし8月になると、ついにバビントンとその仲間全員に、ウォルシンガムの探索の手がのびていった。 それを察知した彼等は、一度は変装して逃亡したが、8月中旬までに、全員が逮捕されたのだった。
8月11日、チャートリーに幽閉されていたメアリーが敷地内で乗馬を楽しんでいると、馬に乗った武装兵の一隊がやってくるのが見えた。 メアリーはてっきり、バビントンらの計画が成功し、自分を救出しにきたものだと思った。 しかし、それは彼女の勘違いだった。 やってきたのは、メアリーを逮捕するための兵士たちだったのである。 バビントンとその仲間6人は、9月20日に反逆罪で処刑された。 その方法は、中世からつづいていた「ハンギング(絞首)・ドゥローイング(内臓抜き)・アンド・クォータリング(頭部手足切断)」という、もっとも残酷なものだった。
エリザベス暗殺の陰謀は、これまでにも何度かあった。 しかし今回は、メアリーが直接それにかかわっていたことを示す、決定的な証拠があった。 はたして、手紙はメアリー自身が書いていたのか。 最後の詰めが必要だった。 問いつめられたメアリーの秘書官は、拷問のすえに、手紙は確かにメアリー自身が書いたものであると白状した。 これには、メアリーも言い逃れることはできなかった。 そして彼女は、俘虜としての最後の地となる、ノーサンプトン州のフォザリンゲイ城へと移送されていったのである。
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