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Channel: 【 閑仁耕筆 】 海外放浪生活・彷徨の末 日々之好日/ 涯 如水《壺公》
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現代の探検家《田邊優貴子》 =19=

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○ 南極の凍った湖に潜って、原始地球の生態系を追う =田邊優貴子= ○

◇◆ 第7回 湖底はまるでSFの世界 =2/3= ◇◆

紫色の湖底

 水深が深くなるにつれ、水の色がどんどん深く濃い青になっていった。 分厚い4mの氷を通った光だからだろうか、水が信じられないくらい透明だからだろうか、いつも潜る南極の湖の水の色とは違っていた。 この恐ろしく静かで、透き通った群青色は、なんというか、行ったことはないけれど、大気圏から宇宙空間へと入っていく時はきっとこんな色だろうというような色だ。

 水深9m、10m、11m、12m・・・ダイブコンピューターの表示を見ながらゆっくりと湖底に向かっていく。 湖底が徐々に見えてきて、平面から立体的に浮かび上がってきた。

  「わあーっ!!!なんだこれーっ!!!?」

  宇宙空間のような深い青の中、湖底には紫色をした不可思議なドーム状のものがポコポコと辺り一面に広がっていた。肉眼で見ると濃い紫色、水中ライトを当てると湖底全体がピンク色でドームの頂点付近が濃い赤紫色をしている。なんだろう、この世界は。何にも例えることの出来ない、まるでサイエンスフィクションの世界に連れて来られたようだった。

 興奮状態のまま、水深の浅い湖岸のほうへとゆっくり泳いでいった。 どこまで行っても湖底からドームが立ち並んでいる。 それは不規則のようでいて、規則的にも見える。時折やたらと巨大なものや小さなものもいるが、ほとんどのドームは高さ20~30cm、直径も20~30cmくらい。 そしてあるところでは、ドームとドームの間のフラットな場所にツンツンとした小さい尖塔状のものが突き出ているのがいくつも見つかった。

 その光景に見とれ、もっと見たいもっと見たいという衝動に駆られて撮影しながら泳いでいるうち、知らぬ間に私はもう水深10mよりも浅い場所まで来てしまっていた。 だいぶ湖岸に近く、進行方向の先には氷の壁が見えた。 ダイブコンピューターを見ると残圧70barの表示。 もう地上に戻らなければならなかった。 ダイブロープの先にある氷の穴が遠くに見えた。 この広大な湖の中、この湖に出口は一つしかない。 あの光の差す小さな穴に戻れなければ私はいとも簡単に死んでしまうのだ。

 「今から戻る。ロープをゆっくりと引いていって」

 興奮状態でまったく気づかなかったのだが、私の手はすっかり冷え切って動きが悪く、あまり力が入らなくなっていた。穴を目指しながらダイブコンピューターを確認すると、潜水時間55分と表示されていた。 水温0℃の中をウェットグローブで1時間弱潜れば、手が冷たくなって力が入りにくくなるのも当たり前である。

 ダイブホールの氷の下まで戻ってきた私は、5分間の安全停止をしてからゆっくりと穴の中を浮上していった。 青の世界から一変、眩しい太陽の光に包まれると、ゆらゆらとした青空と仲間たちの姿が見えてきた。 水面まで浮かび上がると、デイルとクレメンスとアリソンの姿とともに妙にくっきりとした地上の景色が広がった。

 ダイブホールからキャンプ地までスノーモービルに乗っている間、なんだか夢見心地の興奮冷めやらぬ状態だった。真っ青な空と切り立った山々と氷河、そこに雄大に広がる平らなアンターセー湖。どれもこれもいつも以上に輝いて見えた。

 “約30億年前、原始地球の海にはこんな生態系が広がっていたんだ”

 アンターセー湖での潜水という、地球の生態系のはじまりを追い求める冒険から帰還したばかりの私の頭の中には、その考えがより一層強くなっていた。

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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽  憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・

森のなかえ

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現代の探検家《田邊優貴子》 =20=

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◇◆ 第7回 湖底はまるでSFの世界 =3/3= ◇◆

小さな発見、大きな発見

 結局、キャンプ地を閉めるまで、私は延べ5回の潜水調査をした。 研究室に戻ってから分析・解析しなければ分からないことばかりだが、小さなものから大きなものまで色々な発見があった。

 まず小さな発見は、気温マイナス20℃近くて風が少し強めのコンディションで潜水をすると、潜水後にキャンプ地に到着するころには冷たい風でドライスーツが凍り、上半身がスノーモービルのハンドルを握る形状に固定されてしまうこと。 これはまるで魔女に魔法をかけられて“かかし”にされたかのようだった。テント内のヒーターの前で5分~10分間ほど待って、スーツが融解するとともに私も魔法から解ける。

 大きな発見は、湖底の光合成生物群集、つまりあの不可思議なドーム状の構造体は、ほぼシアノバクテリアだけで形作られているということ。 実際に潜って試料を採取して調べるまで、私はなんだかんだでもっと藻類が存在しているに違いないと思っていた。 ところが、シアノバクテリアと藻類それぞれの光合成活性を測定したところ、藻類のシグナルがまったく検出されなかったのだ。 顕微鏡で観察してみると、わずかに珪藻が見つかることもあるがそれもかなり稀で、一般的に淡水環境によく暮らしている緑藻はまったくもって見当たらなかった。 つまり、湖底の生態系は、厚さ4mの氷を通して湖底深くに達する光エネルギーで成長するシアノバクテリアによって保たれている、ということなのだ。

 ちなみに、南極は環境の厳しさの違いから、南極半島のような温暖な気候の『海洋性南極』ともっと厳しい気候の『大陸性南極』に分けられる。昭和基地周辺とアンターセー湖があるエリアはどちらも大陸性南極なのだが、昭和基地周辺の湖にはシアノバクテリアと同じくらい緑藻が存在し、さらにコケも共存する。 そして湖底には不思議なタケノコ状の群落が形成されている。

糸のような形状をしたシアノバクテリアは太さが約1ミクロン以下だが、糸状の緑藻は10ミクロン近くと、約10倍も太い。 さらにコケともなると太さは約1ミリ、つまりシアノバクテリアの1000倍ほども太いのだ。というわけで、太いコケが骨格を作れば、しっかりとしたタケノコ状の構造物もある程度出来やすいはずである。 ところがここアンターセー湖のドームは、か細いシアノバクテリアだけで作られている。 どうやってシアノバクテリアだけであのドームが出来上がるのか。

30億年前と同じ生態系?

 約30億年前(ちょっと前までは35億年前と言われていたけれど、今は27億年前だと言われている)、酸素発生型の光合成ができる生物が誕生した。 それは限りなくシアノバクテリアに近い生き物で、葉緑体の祖先だと言われている。

 オーストラリアのシャークベイという場所にかの有名な(?)ストロマトライトが現生している。 ストロマトライトとは、ドーム形をしたシアノバクテリアの塊。 その化石は世界中で見つかっていて、約30億年前に現れ、先カンブリア時代に繁栄していたと考えられている。

 おかげで地球は大量の酸素で包まれるようになった。 地球生命史のなかで、かなりのビッグイベントである。 ところがその後、酸素を必要とする生物がどんどんはびこり、彼らを食べる生物が出現したために、地球上に広がっていたストロマトライトたちは急激に減少していった・・・らしい。

 分厚い氷で長い間閉ざされ、今現在ひっそりとアンターセー湖の湖底に広がるシアノバクテリアドームの世界。 コケどころか藻類さえもほぼ存在しない、シアノバクテリアが支配する生態系。これはまさにストロマトライトが繁栄していた時代の生態系の様子そのものじゃないだろうか。 私が思っていた通り、やはりアンターセー湖は地球上で唯一、30億年前の原始の地球の生態系を見ることが出来る場所なのだ。

 さて、とにかく私はこのアンターセー湖にやって来て、実際に自分の足で、自分の目で、自分の肌で体感し、今できる限りのことをした。 そしてそこから多くのことを見つけ、多くの疑問が生まれ、多くのことを考えた、いや、現在進行形で考え続けている。これから先、私を待ち受けているのは、持ち帰る試料を分析し、データを解析して、この湖底に広がるシアノバクテリアドームの生態系の謎に迫る答えを見つける、というもう一つの冒険だ。それは私の頭の中で繰り広げられる。

 フィールドワークは知的探究心を自らの身をもって表現するものだが、脳内での思考作業はそこで見つけた現象を深く追求し論理的に理解し表現するものだ。 自然、それから地球を相手にしたサイエンスではこの二つがあってこそ真理に迫れるんじゃなかろうか。 そして何よりもそのほうが格段に面白いしワクワクする。 誰も見たことのない世界に行って、誰も見たことのない世界を描き出すのだ。

  「ユキコ、お前は昭和基地周辺の湖で初の女性ダイバーだ。でもこれで、アンターセー湖、いや、それどころかDroning Maud Land(南極大陸の5分の1ほどの面積を占める各国の基地が集まるエリア)でも初の女性ダイバーだよ」

  最後の潜水調査が終わった夜、ジョニーウォーカーの“Explorer’s club collection”という名前のウィスキーをキッチンテントの中で飲みながらデイルが言った。

 その4日後の2014年12月11日、約1カ月にわたるアンターセー湖での私のキャンプ生活は幕を閉じた。 もう1週間も前から体力も気力も消耗しきって疲労のピークに達していた。 思い返せば南極入りしてからの1カ月ちょっと、一度もゆっくりと深く眠れた日はなかった。 けれど、その心身の疲労は調査の終わりとともに達成感と清々しさに変化していった。

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・・・・・ 南極点到達競争 =壮絶な英国隊・スコットの遭難= ・・・・・・・

 

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現代の探検家《田邊優貴子》 =21=

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◇◆ 第8回 つかの間の日本、そしてまた南極へ =1/2= ◇◆

   1カ月半にわたる南極アンターセー湖調査を終えた私は、クリスマス前に日本に帰り、慌ただしい日々を過ごしていた。 溜まっていた書類の処理、早稲田大学から国立極地研究所への研究室の引っ越し、次の南極調査へ向けての準備など、とにかく休む時間がない状況だった。

 次の南極への出発は2015年1月6日。私が日本で過ごす時間はたったの2週間しかない。 もはや日本と南極のどちらの世界が日常なのか区別がつかない状態になっていた。 南極からケープタウンに到着し、飛行機イリューシンから降りた時に吹いていた暖かい風があまりにも非日常的に感じられたことをよく覚えている。

 帰国後はバタバタとしてあまり南極の余韻を感じることもなかったのだが、右手親指の付け根に残る後遺症がふとした時にアンターセー湖でのことを思い出させた。 あのスノーモービル旅行の後遺症で、筋肉疲労による痛みではなく、恐らく振動が原因で神経にダメージがあったのだろう。 普段はなんともないのだが、たまに変な痺れを感じるのと、ある決まった動きをするとそこが痛むのだ。 神経なので、治癒するには半年くらいかかると思うよ、と知り合いに言われた。

 次の南極調査の目的地は、南極半島エリアにあるリビングストン島(Livingston Island)のバイヤーズ半島(Byers Peninsula)と呼ばれる場所。 南極半島の先にはサウスシェトランド諸島と呼ばれる島々があり、一番大きな島がキングジョージ島、次に大きいのがリビングストン島である。 リビングストン島にはスペインの南極基地であるファンカルロスI世基地があって、今回はスペインのバイヤーズ半島キャンプ隊に参加する。

 南極半島周辺は、気候の厳しい「大陸性南極」ではなくて、より温暖な「海洋性南極」に属する。 今回訪れるバイヤーズ半島は南極特別保護区(ASPA:Antarctic Specially Protected Area)に指定されているため、普通は許可無しでは立ち入れない。 それはつまり、生物の豊かな場所であることを意味する。

 ついこの前まで私がいたアンターセー湖に比べると、いつも調査をしている昭和基地周辺の湖はもうちょっと生物が豊かだ。 アンターセー湖はシアノバクテリアの世界であるのに対し、昭和基地周辺の湖はシアノバクテリア+藻類+一部コケの世界。 ところが南極半島ともなると、湖の中には動物(と言っても小さなプランクトンや昆虫)がいるらしいのだ。 そこは南極であるにもかかわらず、湖はシアノバクテリア+藻類+コケ+動物プランクトン+ユスリカという世界になっているらしい。

 そんなわけでこれから、この3つの生態系のうちもっとも生物相が豊かな、南極半島の調査に行くのだ。

 もともと、何もこうやって1シーズンに2回も南極に行くつもりなどなかったのだが、色んな事柄が重なり絡み合ってどうにもこうにもこうなってしまった。 実は、スペイン隊への参加は昨年度の予定だった。 けれど、スペインの国の財政状況が悪化した影響で、バイヤーズ半島キャンプ隊の南極行は出発直前だった2013年の秋になって取りやめとなった。

 

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・・・・・ 南極点到達競争 =壮絶な英国隊・スコットの遭難= ・・・・・・・

 

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◇◆ 第8回 つかの間の日本、そしてまた南極へ =2/2= ◇◆

  バイヤーズ半島キャンプ隊の南極行は出発直前だった2013年の秋になって取りやめとなった。 そんな矢先の冬、「アンターセー湖に行かないか?というか、お前も行くぞ。 出発は次の10月中旬ころだから」とデイルからの誘いがあった。 内陸の山岳地帯にあるアンターセー湖なんて、滅多に行ける場所じゃない・・・このチャンスを逃すなんて大馬鹿ものでしかない!と思った私は、瞬時に返事をした。

 「もちろん!」と。 けれどバイヤーズ半島のことは心に引っかかっていた。 スペイン側から「今シーズンはダメだったけど、来シーズンは絶対行けるから!」と言われていたのだ。 悩んでいた私だったが、最終的にいいことを思いついた。

 「そうだ、どっちも行こう」 と。

 それからはひたすら日程調整や準備に取り組んだ。 両方の南極行きの日程のこと、大学のこと、相手国とのやり取り、装備や研究・調査器材の調達や準備、普段の仕事、やらねばならないことが山のようにあった。

 今思っても2014年の春以降は「忙しい・・・忙しすぎる・・・南極のバカヤロー・・・うう・・・」なんてことをブツブツと言いながら、めまぐるしく日々が過ぎていった記憶ばかりが残っている。

 けれど、“チャンス”とか“タイミング”というものはこういうものだ。 どちらかだけを選んでいたら、もう一方へ行けるチャンスはあと10年巡ってこないかもしれない、それどころか一生行けるチャンスがないかもしれない。 それくらい、どちらも稀なチャンスだったと思う。

 それが偶然にも同じようなタイミングでやってきたのだ。 たしかに考えれば考えるほど大変なことが多すぎるけれど、なんとかすればなんとかなるのであれば、なんとしてでも行こう、と決断したのだ。

 そういうわけで、休む間などなく今シーズン第2回目の南極へ出発の時がもう目の前に迫っていた。 東京からニューヨーク、チリのサンティアゴを経由して、南米大陸の先端にある町、プンタアレナスへ。 そこから飛行機に乗って南極・キングジョージ島に入り、リビングストン島のバイヤーズ半島に渡って約3週間のキャンプ生活をすることになっている。

 バイヤーズ半島で調査をすることで、これまで知っている南極と比べて、より発達した生態系を見ることができる。 原始地球にはじまった生態系から、アンターセー湖、昭和基地周辺の湖、南極半島の湖、というふうに生態系が出来上がっていく過程をまるで時系列順に追ってゆくかのような調査行になるに違いないのだ。
 
 さて、私のまだ見ぬ温暖な最北の南極へ。  一体どんな世界が私を待っているのだろう。

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◇◆ 第9回 今度は、南極まで2時間ほぼ貸し切り =1/2= ◇◆

 2015年1月8日、私は南米チリの南端にある町、プンタアレナスにいた。今シーズン2度目の南極へ向かうためだ。目的地は南極半島の先端に浮かぶ島々、サウスシェトランド諸島のなかのリビングストン島。 ここプンタアレナスからは、同じサウスシェトランド諸島のキングジョージ島を経由して現地へ向かう予定になっている。

 今回は日本から、私の博士課程時代の実質的な指導教員だった工藤栄さん(南極観測隊の越冬隊長を務めたこともあるバリバリの52歳男性)とともに2人での参加。南極の湖の調査をするに当たって最もやりやすく効率的に進められる最高のコンビである。 ベスト・オブ・南極湖沼調査チームと言っても過言ではない。

時差ボケのプンタアレナス

 日本から44時間かけ、昨晩プンタアレナスに到着したものの、時差ボケで2時間くらいしか眠れずそのまま朝を迎えた。キングジョージ島へはDAPという一般企業が運航している飛行機を使うことになっていた。 朝から町の中心部にあるDAPのオフィスへ出向くと、南極の天候次第だが、天候がよければ明朝3時に出発するとのこと。

 “朝3時”という言葉に少し驚いたが、2カ月前に南アフリカのケープタウンで南極ノボラザレフスカヤ基地行きの飛行機の出発決定をジリジリとホテルで待機し続けたことを頭に浮かべながら、そんなに予定通り飛ばないだろうなと思った。 とにかく、19時ころにどうするかを電話で教えてくれるということだった。

 プンタアレナスの市街地はとても小さく、半日もあれば十分歩いて回ることができる。 明日飛ばなかったら時間をもてあましそうだな、などと考えていると、19時過ぎ、約束通りに私の携帯が鳴った。

「明日の午前5時の出発になったので、4時には空港に着いているように」

 どうやらすんなりと南極行きの飛行機は運航されるようだった。 夕食を手早くすませ、宿に戻り荷物のパッキングをして2時間ほど眠り、朝3時に宿を出た。

 プンタアレナス空港に到着し、セキュリティーゲートを抜け、搭乗口で飛行機を待った。砕氷船に乗って1カ月がかりで南極・昭和基地へ向かうのが常である私には、今回のように普通に空港から飛行機に乗って南極へ向かう手続きに、いまだ違和感を覚えてしまう。 係員に案内されるまま搭乗口を出ると、BAe-146という4発ジェット機があった。

 飛行機に乗り込むと、100近い座席があるにもかかわらず、乗客は私たちともう1人の観光客の3人だけだった。 ほぼ貸し切り状態。 プライベートジェットでの豪華南極フライトと言った感じである。予定より30分早く、4時半に飛行機は離陸した。

 夜間飛行だったが、少しウトウトしていると外は明るくなってきた。 白夜に向かって飛んでいるのである。 出発してから1時間半後、着陸に向けて降下を開始するアナウンスが流れた。 そう、プンタアレナスから南極・キングジョージ島までわずか『2時間』で到着してしまうのだ。 2カ月前、ケープタウンからノボラザレフスカヤ基地まで6時間で到着したことに驚いたばかりだが、今回はそれよりもさらに短い2時間での到着である。

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氷のない南極

 飛行機はどんどん降下し、低い雲を抜けると海が見えた。

 “氷がない!”

 それが第一印象だった。 海氷が全く張っていない南極の海を見るのは初めてだ。私は窓に顔をピッタリと貼り付けるようにして眼下の光景に見入っていた。 キングジョージ島はいくつもの半島が連なり、とても入り組んでいた。そのまま飛行機は轟音をたてて滑走路に着陸した。 氷の上ではなく、地面の上への着陸である。

 外へ出るとどんよりとした曇り空の中、少し冷たい風が吹いていた。 けれど、2週間前までいた南極内陸部の風とは違っていた。 あの凍てつくような風ではなく、なんというかもっと暖かみがあって湿気を帯びた風だった。そしてその中に潮の香りと土の匂いがした。

 上空では「キィキィキィキィッ」と鳴きながら、キョクアジサシがせわしなく飛んでいた。 キョクアジサシは昭和基地やアンターセー湖といった大陸性南極には生息していないので、南極でキョクアジサシを見るのはこれが初めてだ。 キョクアジサシは夏に北極、冬に南極(南極は夏)へやってくる世界一長距離の渡りをする鳥で、私の遠征パターンと似ているため大好きな鳥の一つでもある。 嘴が黒かったので、南極で繁殖しているナンキョクアジサシではなく、北極で繁殖して南極に渡ってきたのだろう。もしかしたら、去年の夏に北極で会った子かもしれない、なんてことを思うと感動はひとしおだった。

 ピックアップ型の車が迎えに来て、私たちはひとまずチリの南極基地であるエスクデロ基地へ連れて行かれた。キングジョージ島からリビングストン島へは当初、船で向かうと聞かされていたが、昨日になって急きょ、チリ空軍のヘリコプターで行くことに決まった。そのため、ヘリコプターが運航できる天候になるまでチリ基地で待機することになったのだ。 チリ基地に着くと、基地の掃除のおじさん的な存在の人にスペイン語で中に案内され、2段ベッドのあるゲストルームのような部屋に通された。

「えっ?!使っていいの??」
「うん、もちろん」
「グラシアス!!」

 英語がさっぱりわからないおじさんと、スペイン語がさっぱり分からない私たちだったが、なぜか言っていること分かるのが不思議だった。

 まだ調査地に着いたわけではないけれど、日本を出てからたった3日で、あまりにもすんなりと南極に到着してしまった。ただ、この間まともに横になってちゃんとした睡眠を取っていない私の身体はなかなかに疲れてくたびれていた。 あっという間の移動に驚き喜びながらも、そんなことよりとにかく一晩ゆっくりと横になって眠りたい、というのが正直な気持ちだった。そんな私にとって、チリ基地の2段ベッドは天国のように思えた。

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◇◆ 第10回 雪に閉ざされたバオヤーズ半島 =1/3= ◇◆

  「9時に飛ぶから荷物を車に載せておいてね」

 2015年1月11日の朝8時半、朝食を食べていると、チリ・エスクデロ基地の隊長が伝えにきた。  いよいよ今回の南極半島調査の目的地であるリビングストン島のバイヤーズ半島までヘリコプターが飛べる天候になったのだ。

 ここキングジョージ島に到着して2日間、低い雲がたれ込み、時折みぞれや雪が降るというあまり芳しくない天候だった。  ただ、そのおかげで日本から南極までの急速移動で疲労した身体を回復させることができた。  時差ボケも少しずつ治り、エスクデロ基地周辺を散策したり、すぐそばにある中国の長城基地との交流会に参加したりと、予想外に充実した滞在だった。

  30分後、チリ空軍の真っ赤なヘリコプターに荷物を積み込むと、ライフジャケットと防音ヘッドセットを手渡され、機内へ乗り込んだ。すぐさまヘリコプターのブレードが回り始め、離陸した。

 リビングストン島にはスペインのファンカルロスI世基地があって、1月7日にはスペイン人の研究者5人とフィールドアシスタント2人が船でキャンプ地入りしているらしい。  ということはすでにキャンプ地の設営作業は終わって、私たちは到着次第すぐに調査に出ることができるという素晴らしい状況だ。

 南極半島エリアにはいくつもの島、そしていくつもの基地が建てられていて様々な科学研究がされている。  生物の豊かな場所ということがあってか、特に生物の研究者が多い場所である。ところが私たちの研究フィールドである湖が豊富な場所はあまりない、というかリビングストン島だけと言っても間違いじゃない。 ほかの地域にももちろん湖はあるのだが、ポツポツとあるだけで1つのエリアにある程度の水深を持った湖が集中して存在するのはリビングストン島以外にはない。

  そんなわけで南極半島エリアで湖の研究をするならば、湖の集中しているリビングストン島のバイヤーズ半島が最高の場所なのだ。

 まだ見ぬ調査地に期待を膨らませながら飛行すること約50分間、いくつもの山と氷河を越え、ついにバイヤーズ半島が見えてきた。  のっぺりとした平坦な地形が雪ですっぽりと覆われ、所々わずかに緑色の地面が出ている。  そんな中、真っ白な雪原の中にポツンと黄色いテント群と赤いイモムシのような小さな建物が2つ。

“あっ! あれがキャンプ地か! あれ? ここまで湖を全然見なかったな・・・”

 ヘリコプターは旋回し、キャンプ地から少し離れた浜辺近くにゆっくりと着陸した。  ヘリコプターから降りると、私は膝くらいまで雪に埋まった。  なんだこの雪の多さは!!

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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽  憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・

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○ 南極の凍った湖に潜って、原始地球の生態系を追う =田邊優貴子= ○

◇◆ 第10回 雪に閉ざされたバオヤーズ半島 =2/3= ◇◆

 驚いている間にヘリコプターから荷物が下ろされ、もっと離れて伏せろという合図があった。強いダウンウォッシュ(吹き降ろしの風)が来て、ヘリコプターは再度飛び上がり轟音をたてて去って行った。急に静けさがおとずれ、キャンプ地のほうから2つの人影がこちらに近づいてくるのが見えた。

 2人はスペイン人のフィールドアシスタントだった。スノーシューを履いて橇を引っ張ってきたのがイニャキ、スキーを履いて橇を引っ張ってきたのがクロ。2人とも普段はスペインとフランスの国境にあるピレネー山脈で山岳ガイドをしているとのことだった。彼らの橇で荷物を運んでもらいながら、私たちは後ろをついて歩いた。湿って重い雪に膝下まで埋まる中を歩くこと500m、キャンプ地に到着した。

 イモムシ形の小さな建物(正式名称は“メロンハット”)は、一つが食堂小屋、もう一つが研究用小屋。その隣にテントが9張り組み立てられていた。私たちの居住テントだ。剥き出しになった周囲の地面を何気なく見ていると、私にとって驚きの光景が目に飛び込んできた。

「ナンキョクコメススキ!!」

 そう、足元にはその名の植物が生い茂っていたのだ。南極と言えば草も木もないイメージだろう。確かに木はないのだが、実は高等植物(根、茎、葉に分かれた「高等」な植物)が暮らしている。 “ナンキョクコメススキ”と“ナンキョクミドリナデシコ”という名の高等植物だ。この2種だけしか生えていない。しかも南極半島エリアに分布しているだけで、大陸性南極には存在しないのだ。

 この2つの高等植物が南極半島に生育していることはもちろん知っていたが、この目で直接見るのは初めてだったうえに、こんなに簡単にキャンプ地の地面で見つけられるとは思ってもいなかった。もっとひっそりとごくわずかに生えていて、知る人ぞ知るポイントへ行かなければ見ることはできないものと勝手に想像していたのだ。光合成をする生き物と言えば、シアノバクテリア、藻類、地衣類、コケだけの大陸性南極しか知らない私にとって、南極に来たのに高等植物が生い茂っている足元の光景はあまりにも衝撃的だったのである。

 他の研究者たちはちょうど調査に出かける直前だった。3人組の湖沼学者マノロ(本名Manuel Toro)、微生物学者のアントニオとアルベルト。2人組の地形学者ミゲルと環境学者カイアタナ。全員スペイン人で、その中でカイアタナだけが女性だった。アンターセー湖に続き、またも女性は2人となった。

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・・・・・ 南極点到達競争 =壮絶な英国隊・スコットの遭難= ・・・・・・・

 

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◇◆ 第10回 雪に閉ざされたバオヤーズ半島 =3/3= ◇◆

  55歳くらいのマノロは、このバイヤーズキャンプのメロンハットを建てたメンバーのひとりらしく、「15年以上ここに通っているが、夏にこんなに雪が多かったことは初めて。  いつもならここは地面が剥き出しなんだよ」と教えてくれた。

 つまり、湖にはまだ氷が張っているということか。  道理で上空から全く見えなかったわけだ。 ということはこの雪の中を歩いて山を登り、湖に積もる雪をかき分けて、その下に張る氷に穴を開けて調査をしないといけない。  バイヤーズ半島に来ることを計画したときに調べたり聞いたりした限りでは、夏の1カ月~2カ月は湖の氷は完全に解けてなくなるということだった。  なので、私は昭和基地周辺の夏と同じように普通にボートを湖面に浮かべて調査をするスタイルになると想定していたのだ。

 湖氷に穴を開けるには、ひとまずアイスドリルが必須になる。  聞いてみると、電動のアイスドリルはあるそうだが、1セットしかないうえに長さ1mのドリルビットしかないとのことだった。  何せ、このエリアで夏に調査をするには普通はアイスドリルなど必要ないわけで、湖氷が張っている時期の調査用の道具立てなんてものはあまり用意されていないのだ。  マノロ率いる微生物研究チームも湖からサンプルを採取するのでアイスドリルを使用している。  ということは、1個しかないアイスドリルをお互いにうまく日程調整をして使わなければならない。  しかも、どうやら場所によっては氷の厚さが1.4mくらいあるらしく、深い部分にどうやって穴を開けるかも大きな問題だ。

 やれやれ、これはかなり大変だぞ、計画していた調査を全てはできないね、なんてことを今回の調査パートナーである工藤さんと話し、どうやって調査を進めるか頭の中で考えていた。
 
「よし、とにかく明日、湖まで行ってみよう」

 結局たどり着いた答えはこれだった。  ほぼ同時に同じことを私たちは口にした。

 行き当たりばったりのように思われるかもしれないが、決してそうではない。  まだ行ったことも見たこともないのにいくら考えたとしても、実際に自分の足で歩き、現状を確認してみない限り最善策は見つからないのだ。  雪の質や歩いた感触はどうなのか、湖氷の状況はどうなっているのか、湖はどの程度の大きさなのか。  それ次第で、調査にどれくらいの荷物を持ってどれくらいの距離を歩けるかが判断できるし、氷の穴開け作業がどれくらいの仕事量でできるか、1mより深い部分に穴が開けられそうかもなんとなく想像がつく。どの湖を調査すべきかも、表面の氷の色や周りの地形を確認してこそ選定できるのである。

 そんなわけで、まずは明日に向けての調査機材のチェックと準備からバイヤーズキャンプの初日は始まった。

 夕方には準備が終わり、どんよりとしていた空は急に晴れてきた。  私たちはその日差しにウズウズし、いても立ってもいられず、近くの海岸へ散策に出かけることにした。  そしてこの散策によって、南極半島の活気溢れる生命の躍動感をまざまざと見せつけられることになるのである。

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◇◆ 第11回 「アザラシの丘」への散策に =1/2= ◇◆

 「ぎゃーっ!」
「うわーーーっ!」

  今回の調査地である南極リビングストン島のバイヤーズ半島に到着した日の夕方。 ちょっと散策のつもりで、キャンプ地の南西にある海に突き出た小高い丘Sealer Hill(和訳すると“アザラシの丘”というちょっと面白い名前)へ向かうことにした。 ところが歩き始めてすぐに雪に苦しめられ、私と共同研究者の工藤栄さんは悲鳴を上げていたのだ。

  ここの雪はサラサラの雪ではなく、湿った、というよりも限りなく水に近いシャーベット状の重い雪。北東北の3月ころの雨が降った日の雪を思い浮かべてほしい(と思ったけれども、北東北で育った人にしか通じないのかもしれない)。

 しかもその雪の層の下には水溜まりがところどころに隠れている。 海岸に出るためにはキャンプ地から約400m続く水溜まりシャーベット原を越えて行かなければならない。 膝丈の長靴を履いてはいるものの、時折ズボッと膝まで雪と水溜まりに埋まって冷たい水がほんのり入り込んでくる。

  なんとか難所を越えて海岸に出た私たちは、ホッと息をついたのもつかの間、目の前の浜辺の光景に驚いていた。 なんと、信じられない量の海藻だらけの浜だったのである。 ピンク色と紫色と緑色の海藻が50cmくらい堆積している。 多いところだと1m近く積もっているのだ。

  あまりの興奮に走り寄って海藻の山の上に跳び上がってみた。 何とも言えないフカフカでタプタプの感触がまるでウォーターベッドの上を歩いているようだ。 その時、すぐ近くで「ブヒーーッ!」と豚の鳴き声のような音が聞こえた。 岩のような灰色の巨体が3つ、海藻山と海藻山の間にゴロンと横たわっている。

  5~6mほどもある巨体の一つが私に気づいたらしく、顔を上げてこちらをジロリと見た。 ミナミゾウアザラシだ。 見わたすと、何十頭ものミナミゾウアザラシが浜辺にゴロゴロと転がっている。

  こちらを気にして見ているアザラシは他の2頭のアザラシの上に乗っかっていて、私に向かってまた「ブヒーーッ!」と音を出した。 と思いきや、それを機に至るところから「ブヒーッ、ブヒーッ」という音が聞こえてきた。 とにかく、みなブヒブヒブヒブヒ言っているのである。 なんでこんなブヒブヒ言うのか・・・音がするたび気になって仕方がない。 この音自体、お世辞にも美しいと言えるものではないのだが、それよりも何よりもミナミゾウアザラシは、なんというかブサイクそのものなのである。

  ところが人間というのはおかしなもので、しばらく海岸を歩いてミナミゾウアザラシを見慣れてくると、なんだか彼らがかわいく見えてくる。 と言っても、あくまで“ブサカワ”の部類だが。


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◇◆ 第11回 「アザラシの丘」への散策に =2/2= ◇◆

 Sealer Hillに向かう海岸線で出会ったのはそれだけではなかった。 海からはジェンツーペンギンやヒゲペンギンがどんどん上がってきた。 海に入って行ったり、浜辺で休憩していたり、何食わぬ顔でミナミゾウアザラシの横を歩いていたり、ペンギン達はとにかくどこにでもいた。 水族館で見たことはあったが、野生のジェンツーペンギンとヒゲペンギンに出会うのは今回が初めてだった私は、いちいち足を止めて見入ってしまうのだった。

 大きな鳥が大群で座っているのにも出くわした。 オオフルマカモメだ。 “しらせ”で南極へ向かう時に海でよく見る鳥だが、こんなにも大群で、こうやって陸地にいるのを見たのは初めて。 近づくと逃げようとするのだが、身体が大きいせいかすぐには飛び立てず、みな陸上を急スピードで走って逃げる。 その様がなんだか可笑しかった。

 ふと右手を見ると、鮮やかな緑色が一面に広がっていた。 コケのカーペットだ!! 喜んで近づいてみると、それはコケではなく、ナンキョクコメススキの緑のカーペット。 もちろんコケも混じってはいるのだが、とにかくそこは一面ナンキョクコメススキが群生しているエリアだったのだ。 まるで芝生の公園がどこまでも広がるような景色。

「うわあっ!こんなにも生えてるなんて!!」

  ナンキョクコメススキの緑のカーペットでは、もうひとつ、印象に残る生き物に出会った。 たくさんのアザラシのミイラだ。 カーペットの上に横たわるミイラたちは、どれも昭和基地周辺で見るものとは違っていた。

  『すてきな 地球の果て』(ポプラ社)という拙著の中で、“生と死の風景”というウェッデルアザラシの赤ちゃんの話を書いた。 できることなら詳しくはそちらを読んで頂きたいのだが、昭和基地周辺のアザラシのミイラは、身体がゆっくりとゆっくりと分解され、それを栄養にしてひっそりと緑のコケが周りに生えている、という状況だ。

  周囲は荒々しい岩肌が露出し、栄養がまったくない中で、そのアザラシのミイラは重要な栄養源となってコケを育てる。 生命が次の生命へとつながっていくことを教えてくれる“生”と“死”があまりにもはっきりとした光景だ。 そしてそのアザラシのミイラはなんと約2000年の時を経て今に至っている。 身体はいまだ朽ち果てることなく、カラカラになってかなり形が残っている。 そばに近づいてもあまり匂いもしない。 低温、乾燥、分解者である微生物が少ない、という南極大陸ならではの環境によって、なかなか物が分解されないのだ。

  ところが、今目の前にあるアザラシのミイラは、身体がかなり朽ち果てて原形をあまり留めてはいなかった。 ミイラというよりも、白骨に近い。 南極半島は南極の中でも温暖で湿度も高くて生物が豊かだ。 ここでは、大陸南極と比べて微生物も多く、その上微生物によって物が分解される速度がかなり速いのである。 大陸南極ではなかなか物が腐敗しないのだが、ここでは確実にすぐ腐敗するだろう。 つまりは、“生命の循環”、“物質の循環”がもっと速いということを意味する。生態系は死体の上に成り立っていると言える。 だからこそ、ここはこんなにも生き物が豊かなのだ。 それを今こうやって明確に見せつけられたのである。

  ナンキョクコメススキの鮮やかな緑のカーペットの上では、アザラシのミイラがいくつも転がるいっぽうで、何頭ものミナミゾウアザラシの子どもがのんびりと昼寝をしていた。 上空にはキョクアジサシが飛び交い、浜辺にはミナミゾウアザラシやジェンツーペンギン、ヒゲペンギン、オオフルマカモメが佇み、キラキラと光る海の上ではカモメの群れが騒がしく飛び回っている。 みな、太陽に照らされながら。

  生き物たちの息づかいでとても賑やかな、ここはまさに生き物の楽園だった。


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◇◆ 第12回 とにかく湖まで行ってみよう =1/3= ◇◆

  ここ南極リビングストン島のキャンプ地では、毎朝ヨーグルトが出る。 いや、望めばいつだってヨーグルトが食べられる。 スペイン隊が用意した食料には大量のヨーグルトがあったのだ。 無類のヨーグルト好きの私にとって、このバイヤーズ半島キャンプは天国だ。

 朝食でシメのヨーグルトを食べ終えた私は、スペイン産の生ハム“ハモン セラーノ”と“イベリコ ベジョータ”を数枚重ねた贅沢サンドイッチをせっせと作り、カモミールティーの入ったテルモス(断熱水筒)とチョコレートとともにザックに入れた。 少し笑みを浮かべながら。  そう、ヨーグルトだけではない、私は生ハム好きなのだ。 しかも日本の生ハムではなくスペインのしっかり熟成されガッチリと食べ応えのある生ハムが大好物である。

 バイヤーズ湖沼生態系調査の2日目。 今日は実際に湖を偵察しに行く。

 私は豪華サンドイッチの入ったザックに雪かきシャベルを取り付け、ポケットには地図、GPSのスイッチはオン、スノーシューを履いて、午前10時にキャンプ地を出発した。 昨日の午後の日差しでより一層解けつつあるのだろう、重い湿った雪を漕ぐように山を登っていく。  天気はあいにくのどんより曇り空。 地面と空の境界線がわからないくらいぼやけた白い景色が広がっている。

  バイヤーズ半島のほとんどの湖は、キャンプ地の北側に広がる山の上にある。 今日目指すのは4つの湖。 リムノポーラー湖(Limnopolar)、チェスターコーン湖(Chester Cone)、ミッジ湖(Midge)、アサ湖(Asa)。 この雪の多さでは、キャンプ地から遠いところにある湖の調査をするのは難しいだろうと判断した私たちは、キャンプ地から比較的近いこれらの湖をまずは偵察しに行くことにした。

 なぜこの4つを選んだのかというと、比較的水深のある湖だったからだ。 ここで言う“比較的水深のある”というのは、水深2mくらいを意味している。

  バイヤーズ半島の湖はどれも最大水深10m以下の浅くて小さなサイズばかりである。 これは昭和基地周辺と似たような状況だ。

 昭和基地周辺には最大水深10mよりも深い湖がいくつかあるが、それはかなりレアな存在で、ほとんどの湖は水深10mより浅い。 そして、昭和もバイヤーズも、冬になると湖氷が1〜1.5mくらいの厚さになるので、水深約2mよりも深い湖でなければ湖底に生態系が十分に定着し発達できないのだ。

 

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◇◆ 第12回 とにかく湖まで行ってみよう =2/3= ◇◆

 グシャグシャの湿った雪は容赦なく足をすくい、スノーシューの裏にはシャーベット状の雪がくっついてどんどん大きな塊になる。白いぼやけた景色の中をただただ歩いているうちに、まるで私はこの南極で鉄球付きの足かせをはめられた奴隷となって、どこかへ逃亡中なのではないか、という気分になっていた。背負っているザックの中に豪華サンドイッチが入っているのはまったく矛盾しているけれど。

 奴隷と化すこと1時間、ついに一つ目の湖、リムノポーラー湖が見えてきた。と言っても、すぐに湖と分かる景観ではない。谷間にある白いのっぺりとした雪原と言った感じだ。凍った湖氷の上に雪が積もっているのである。

 地図とGPSを頼りに、湖の真ん中付近を目指すことにした。GPSの表示を見ながら湖の上をゆっくりと一歩一歩踏みしめて行くと、次第に雪の下にある水の量が増えてきた。ふくらはぎくらいまで水に浸かる。湖氷の上に水溜まりができているという不思議な状況。湖の周りから雪解け水が流れ込んできて、湖面の氷の上に溜まってきているのだ。

  湖の真ん中くらいに来たところで、湖氷の状態を確認するためにシャベルで雪と水の層を掘ってみた。雪は20cmくらい、水も20cmくらい、その下に夏らしいさほど固くなさそうな湖氷があった。

 「おぉ、なるほど。これならなんとかなりそうだね」
「そうだね。この水がちょっと鬱陶しいけど」

  私たちにとって目下最大の関心事は、湖氷を貫通する穴を開けられるかどうかだった。
 湖沼生態系(つまり湖の中の生き物)を調査するには、なにより湖氷に穴を開け、水中に調査機材を降ろす必要がある。今回、湖底の生物群集を採集するために使う「エクマンバージ採泥器」はクレーンゲームのような形をしていて、湖底に降ろしたらアームをガシャンと閉めて試料をすくい取る。そのアームを開けた状態で幅が約35cm。つまり、そのサイズが通過するような穴を開けなければならない。

  ところがここバイヤーズキャンプには、モーター式のアイスドリル(アンターセー湖や昭和基地周辺で使うようなガソリンエンジン式に比べると力が弱い)が一つしかない。しかも直径25cm、深さは1mまでしか掘れない。なので、このドリルで最低4つは穴を開け、もし氷が1mよりも厚かったら、直径15cm、長さ1.5mの人力ハンドドリルでなんとかしようというのが私たちの作戦だった。

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◇◆ 第12回 とにかく湖まで行ってみよう =3/3= ◇◆

 最初のリムノポーラー湖から次のチェスターコーン湖までは2つの峠を越えて1時間、チェスターコーン湖からまた1つ峠を越えたミッジ湖までさらに20分かかった。 奴隷状態で疲れた私たちはミッジ湖の湖氷のチェックを終えて昼食にした。

 4つめのアサ湖はミッジ湖から30分も先にあり、しかも峠を2つ越えてからだいぶ山を下らなければならなかった。 こんなに下ってしまうととても損をした気分になる。帰りにまた同じ道を登らなければならないからだ。 明日からアイスドリルや調査機材など重量物を持って通うことを考えるとかなりハードワークになるし、時間もかかる。湖を調査してキャンプ地に戻れば、そのあとにサンプル処理や光合成の測定といった作業もしなければならない。

 どうしたものかと思いつつアサ湖の湖面まで行ってみると、雪の下の水は膝くらいまであり、湖氷もグシャグシャに解けかけていた。 この湖はかなり浅いのだろう。運が悪ければ、氷を突き抜けて水の中に落ちてしまう危険もある。 おかげで、ここを調査対象から外すことに決心がついた。

   偵察を終え、キャンプ地に戻ると17時だった。

  今日1日、奴隷状態になって足がクタクタだったけれど、とにかく湖を巡り歩いてみて、この辺の地形、湖氷、雪の状況がだいぶ掴めていた。 もう論文で読んだだけの想像の場所ではない、実感を伴って理解した場所になっている。やはり、自分の足で歩いて、自分の目で見てみないと何も始まらないのだ。 しかも、十数年に1度の大雪という普通ではないタイミングで私はここに来た。 それは、環境は決して一定ではなく、常に変動し、時には大きな振れ幅でそれが起こるものだということを忘れてはいけないと私に語りかけてくる。

  さて、ではそんな環境の下で湖の中はどうなっているのだろう? そして、そこに暮らす生き物たちはどうしているのだろう? そもそも、ここの湖の中にはどんな世界が広がっているのだろう?

  私の中で色んな疑問や好奇心がぐるぐると駆け巡っていた。 疲れてお腹が空いて今日はもう何もしたくなかったけれど、私は気合いを入れて明日からの調査に向けて機材の準備や動作確認をした。 ワクワクしながらソワソワしながら。

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◇◆ 第13回 エビが泳ぐ湖、ここはトロピカル南極 =1/3= ◇◆

 どうやらここ南極リビングストン島は、基本的に天気が悪いようだ。 滅多に青空が出ることはなく、風が吹いて、どんより低い雲が立ちこめ、しょっちゅう雨が降る。 おかげで湿度が高くジメジメしている。 青空が多くてものすごく乾燥している大陸南極(の夏)とは大違いだった。 南緯62度、暴風圏の真っ只中に位置するのだから仕方がない。 ザーーッとどしゃぶりの雨が降ると、なんだか私は熱帯に来ているんじゃないかという気持ちになってしまう。

 バイヤーズ半島に到着して5日目。 ついに湖に張った氷に穴を開けに行ける日がやってきた。

 今にも雨が降りそうな薄暗い天気の中、ミッジ湖のおよそ真ん中までたどり着いた私たちは、湖面に積もる雪をシャベルで取り除き、モーター式のアイスドリルを橇から取り出した。 私と共同研究者の工藤さんの二人で両サイドのアームをつかみ、スイッチを押す。

ガガガガガガガーーー

 みるみるうちに氷が削れていく。 時々ドリルを穴から上げて、氷の削り屑を放出する。当初の想定通り、このモータードリルだけでは氷を貫通させられなかったので、ハンドドリルとの合わせ技で調査用の穴を開けていく。

 作業を始めてから40分。 なんとかエクマンバージ採泥器(湖底サンプリング用の器材)を水中に降ろせる45cm四方くらいの穴が完成した。 大陸南極のアンターセー湖のような固い氷ではないので、ドリルはスムーズに氷を削ってくれるし、氷の厚さも1.25mと、アンターセー湖の厚さ4mの氷に穴を開ける労力とは全く比べ物にならなかった。

 ただこの日は、チェスターコーン湖、リムノポーラー湖でも同じように穴開け作業をしなければならなかった。 何せ、穴を開けられるのは今日1日だけ。

 キャンプにたった1個しかないアイスドリルを、マノロ達のグループに融通してもらい、今日だけ使えるようにしてもらったのだ。 今日を逃せばあと5日は使えないので、とにかくひたすら穴開けに没頭し、すべての湖に調査用の穴を完成させることにした。 途中、幸いにもわずかに青空が見えたことが気持ちを明るくしてくれた。 やはり天気がずっと陰鬱としているとなんとなく気持ちも暗くなってしまうのだ。

翌日は信じられないような青空が広がっていた。 風は強いが青空というだけでスキップでもしてしまいそうな気分。無事にすべての穴を開け終えたので、いよいよ水中調査だ。 いつものようにスノーシューを履いて調査機材を担ぎ、一番遠いミッジ湖まで歩いた。

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○◎ Great and Grand Japanese_Explorer  ◎○

○ 南極の凍った湖に潜って、原始地球の生態系を追う =田邊優貴子= ○

◇◆ 第13回 エビが泳ぐ湖、ここはトロピカル南極 =2/3= ◇◆

  今回のバイヤーズ半島調査ではモロモロの理由で(機材の輸送やスペイン極地委員会への許可取得とか)私たちが実際に潜ることができなかったので、かわりに水中カメラ潜入撮影大作戦の決行を企んでいた。 もちろん、多項目水質計で水深ごとの水質を測定したり、光スペクトル計で水中の光環境を測定したりと、いつものように水中環境データも得るのだが、やはり視覚的な情報も欲しかった。 なんとかして湖の中の様子を見てみたかったのだ。

 そんなわけで私たちは秘密兵器を投入することにした。 と大げさに言ったが、単なる『GoPro+ボートフック』という、Amazonで購入ボタンをクリックすればわずか数万円でそろう道具立てである。 ちなみに、知っている人も多いとは思うが、GoPro(型式:HERO4)はタバコ箱ほどのサイズの小型ビデオカメラのことで、画質4Kで広角のムービーと写真を撮影でき、標準装備の水中ハウジングに入れると水深40mまで使用できる。 また、ボートフックというのは、ボートをひっかけて引っ張るために使用するポールのこと。 今回持ち込んだのはグラスファイバー製の軽量なもので、1本1.2m長だがジョイントしてどんどん長くできるので、一家に一台あると非常に便利なシロモノだ。

 カメラをボートフックに取り付け、湖面に開けた穴からゆっくりと水中に降ろす。 湖底に到達したのを手の感触で確かめ、そこからちょっとだけ上に上げたところで止めて、しばらく撮影した。 撮れた映像を確認するのはキャンプに戻ってからのお楽しみだ。

  ミッジ湖での観測と撮影を終えると次はチェスターコーン湖。同じように水中カメラ撮影をしようとしたときのことだった。 水面にオレンジ色の何ものかが浮いている。

    「ん?!なんだ?!」
                「エビだ!!」

  なんと体長1.5~2cmほどの小さなエビが泳いでいたのだ。 正式名称はホウネンエビ。 南極の湖で実際にエビが泳いでいるところを見るなんて衝撃的。記録に残さなければ。 咄嗟に、持っていた防水コンパクトデジカメを水中に入れ、シャッターを押した。 ブレブレの画像であったが、証拠を残せて私は満足だった。

  興奮したのもつかの間、湖水を採集してまた驚いた。 水中に沈めたボトルを引き上げると、そこには大量の真っ赤なカイアシ類(動物プランクトンの一種で、体長は2~3mm)がぴょんぴょんと泳いでいたのである。

  なんてことだ!! こんなにもいるなんて! と私たちはいちいちワーワー言いながら調査を進め、最後のリムノポーラー湖でも同じような作業をしてキャンプ地へと帰っていった。

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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽  憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・

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◇◆ 第13回 エビが泳ぐ湖、ここはトロピカル南極 =3/3= ◇◆

 GoProで撮った映像が早く見たかった。 映像データをパソコンにダウンロードし、エビが水面を泳いでいたチェスターコーン湖の水中映像を再生した。

 かたずを飲んで画面を見つめる。 氷の穴を抜けると、すぐに湖底の様子が見えた。 砂のような湖底にところどころコケがフワフワと茂っている。 カメラが湖底に到着した。

  「おおおおおぉーーーー!」

 ホウネンエビの群れが水中をワサワサと泳ぎ、湖底を匍匐前進するように張り付いていた。 まさかこんなにいるなんて。水面にただ1匹泳いでいた様子からは全く想像もできない光景。 なんだかまるでアクアリウムの中を見ているようだった。そして、コンパクトデジカメで必死に1匹のブレブレのエビ画像を撮影して満足していた自分が少し恥ずかしくなった。 けれどまあ仕方がない、あの頃は水中にこんな世界が広がっていることなんてまだ知らない時代だったのだから。 たった2 時間半前のことだが、若気の至りである。

 大陸南極のアンターセー湖と、南極半島エリアのバイヤーズ半島。 この2つの水中世界は大きくかけ離れていた。 けれど、昭和基地周辺はどちらともそれほどかけ離れてはいない。 やはり2つの中間に位置する生態系と言える。昭和基地周辺の湖が太古からの中間的な生態系であるとするならば、このバイヤーズ半島の湖のように生命あふれる生態系はどれほどの時代を経て生まれるのだろうか。

  同じ南極でも、2つの環境には大きな違いがある。 まずほかの大陸からの距離が違う。 南米大陸の先端からバイヤーズ半島までは約900kmなのに対し、アフリカ大陸の先端から昭和基地までは約4000km。 4.4倍の差がある。その距離の差に単純に比例する以上に、外から生物が侵入してくるチャンスは、昭和基地周辺のほうが格段に少ない。

  それから、忘れてはいけないのは海鳥の存在だ。 ここバイヤーズ半島には大陸南極とは比べ物にならないほど数多くの海鳥がやってくる。 そして彼らを介して色んなものが孤立した南極大陸の外から陸の上に運び込まれるのだ。さらに、やはり気候の違いは大きい。 比較的温暖で、こんなにもウェットな環境のバイヤーズ半島では生き物が利用できる液体の水がたくさんあって、しかも利用できる期間も長い。 これは生物が侵入して定着する上でとても重要なポイントだろう。

  夜、このトロピカル南極の空はとても美しいピンク色に染まり、サンピラー(太陽柱)が現れた。

  私がこれまで見てきた南極とは全く違う南極。 それを知り、実感できただけでもここに来た意味はとてつもなく大きい。本当に純粋に、ただただ心からそう思った夜だった。

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◇◆ 第14回 デビルズ岬のペンギンロード =1/3= ◇◆

 南極入りしてちょうど10日目の、2015年1月18日。 貧栄養で淡水の湖である、ミッジ湖、チェスターコーン湖、リムノポーラー湖という3つの湖での一通りの調査や測定を完遂した私たちは、次に栄養豊富な塩湖の調査へ出かけることにした。

 バイヤーズ半島にある塩湖はすべて海岸付近に点在しているので、海岸に暮らす様々な大型動物の排泄物や死骸を通じて豊富な栄養が流入してくる。 そのために山の上にある湖とは違い、栄養豊富な湖になっているのだ。 今回その中でも比較的アクセスしやすくて、まだ行ったことのない半島西側の“プレジデント浜”にある3つの塩湖をターゲットに選んだ。

 けれど理由は実はそれだけではない。 私たちがプレジデント浜方面へ行きたい理由はもう2つあった。 1つ目は、まだ見ぬ“ナンキョクミドリナデシコ”が生息する丘があること。 南極に自生している2種の高等植物のうち、ナンキョクコメススキはバイヤーズ半島のどこにでも生えていて、その形態や生息環境もよく分かった。 しかし、この10日間歩き回ってみてもナンキョクミドリナデシコはどこにも見つけることができなかった。 私は写真でしか見たことのないナンキョクミドリナデシコをこの目で見て、どういう形態をした植物なのか、そしてどんな生息環境にいる植物なのかを観察してみたくてたまらなかったのだ。

 そして2つ目はちょっとミーハーな理由、プレジデント浜にあるジェンツーペンギンとヒゲペンギンのルッカリー(集団営巣地)に立ち寄るためだ。 ただし断っておくが、単に「かわいいペンギンちゃんを見たい」という気持ちだけじゃなく、真っ当な目的もある。 ペンギンの排泄物や羽根や卵殻や死骸と、それが大量に含まれている土壌やそこに生息する植物を採集しなければならないのである。 ペンギンを経由して海洋生態系から陸上生態系へと運び込まれる栄養源のベースとなる情報を得るためだ。

 このナンキョクミドリナデシコの丘とペンギンルッカリーはほぼ同じ場所にあり、そこには“デビルズ岬”という名前がついている。 和訳すると“悪魔の岬”・・・荒れ狂うドレーク海峡を越えて命からがらやって来た船から、この岬がまるで悪魔のように見えたのか、この岬を通る強風が悪魔の声に聞こえたのかなんなのか。 由来は分からないが、なかなか凄みのある、想像力を掻き立てる名前である。

 キャンプ地からプレジデント浜にある1つ目の塩湖までは歩いて2時間ほど。 山を越えると、海岸線とともに塩湖が見えてきた。塩湖の傍らにはミナミゾウアザラシが3頭ゴロゴロと寝ている。 噂通り、こんな状態ならば湖に栄養が大量に供給されるのは間違いない。

 多項目水質計で水質を測定し、湖水サンプルをボトルに採取した。 海岸付近は雪が解けているのでアイスドリルなど必要ない。 それどころかボートさえも必要ない。 なぜなら、水深がわずか50cmほどしかないからだ。 おかげで、水質測定も採水作業もお茶の子サイサイという次第である。 どうやらここバイヤーズ半島の塩湖はどこもそんな状況のようだった。

 そのままプレジデント浜の海岸に沿って南に歩いていくと、まるで日本海の海岸にあるような千畳敷風の岩場風景が続いていた。 そしてなんとも色とりどりの海藻が岩場を鮮やかに埋め尽くしていた。 すぐ近くの砂浜はどこか南国のビーチのような雰囲気を醸し出していて、透明な水越しに海藻がゆらめく姿が見えた。 ミナミゾウアザラシやペンギンたちが気持ち良さそうに泳いでいる。

 

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◇◆ 第14回 デビルズ岬のペンギンロード =2/3= ◇◆

  風が時折、デビルズ岬のほうから吹いてきてペンギンルッカリー臭を運んで来た。 近づくにつれ、その匂いはどんどん強くなっていく。

 岬の麓まで来ると、斜面が一面鮮やかな緑で覆われているのが見わたせた。 ペンギン由来の栄養がふんだんにあるのだろう。 フカフカの緑の急斜面を登ろうと数メートル歩いたところで、足元のコケに似た見慣れない植物に気づいた。

「いた!!!」

 共同研究者の工藤さんも私も地面に這いつくばって興奮気味に叫んだ。 ついに我が麗しの“ナンキョクミドリナデシコさま”に出会ったのである。 ナンキョクコメススキよりも格段に控えめに、「だって私、ナデシコだもの」と言わんばかりにひっそりと、それでいて周囲のコケとは違った佇まいでそこにいた。

 地面に張り付くように斜面を這いながら観察してみると、ナンキョクミドリナデシコは円形に群生し、その斜面の至るところにパッチ状に分布していた。 ナンキョクコメススキも少しは生えてはいるが、ナンキョクミドリナデシコが完全に優占している。 この10日間どこに行ってもまったく見つけられなかったのに、この丘の斜面にだけこんなにもたくさん生えているとは! そうか、こういうところを好むのか! と私の頭の中に徐々にバイヤーズ半島生き物マップができ上がってきて、鼻息荒くナンキョクミドリナデシコ斜面を登っていった。

 ナデシコに気を取られていると、不意に丘の上からジェンツーペンギンが降りて来た。 ところがそのペンギンは私たちに気づくと、慌てた様子で丘の上に逃げ戻っていった。 驚いたのはお互いさまなのに、悪者が来たと言わんばかりに走って逃げなくたっていいじゃないか・・・と感じたが、まあ仕方がない。 そりゃあ、彼らと同じく2本足歩行をする巨大な生き物が、突如目の前に立ちはだかったのだから。

  それにしても、ここ南極半島で暮らしているペンギンたちと昭和基地周辺で暮らしているペンギンたちとでは、かなり性格が違うように感じる。 南極半島のペンギンのほうが勝ち気で人間に対する警戒心が強く、昭和基地周辺のペンギンはおっとり気味で警戒心もあまりない気がする。 さらに言うと、南極内陸のアンターセー湖周辺にすんでいるユキドリは昭和基地周辺のユキドリよりもはるかに警戒心がない。 昭和基地周辺のユキドリは人間がいるとすぐに岩の隙間に逃げ込むが、アンターセー湖のユキドリは我々が歩いていても逃げようともしない。

 やはり、南極の中でも南極半島エリアはちょっと特殊な南極である。ここは古くから人がよくやって来た場所であって、今も南極の中で極端に多くの研究者や観光客が訪れる場所だ。 それに比べて、昭和基地周辺は1年に1度日本の観測隊だけが立ち入る場所であり、さらにアンターセー湖周辺にいたってはほんのわずかな人数の研究者チームがこの50年間で片手で数えられるくらいしか訪れていないような場所である。

 だから、エリアごとの動物たちの性格(人間に対する動物たちの反応)の違いが生じているのだろう。 ここ南極半島エリアのペンギンたちは都会っ子、昭和基地エリアのペンギンたちは私のような田舎育ちの子、とでも言った感じか。 さて、アンターセー湖のユキドリはなんと表現しよう・・・考えてみたが、しっくりくる例えが見つからないので、誰かよい例えがあれば教えてほしい。

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◇◆ 第14回 デビルズ岬のペンギンロード =3/3= ◇◆

 グヮーガーガーガーーー
 ピーピーピーピーー

 丘を登りきると目の前の視界が急に開け、騒々しい鳴き声とともに、所狭しとジェンツーペンギンの大群がひしめき合っていた。 さらに海のほうへ目をやると、浜辺に向かう斜面にもまた、これでもかと言わんばかりにジェンツーペンギンが密集していた。

「ぎゃあーーーっ!! なんだこれーーー」

 そのあまりのペンギンの数の多さに驚いてつい叫んでしまった。 大人のペンギンだけでなく、ヒナもたくさんいて、親ペンギンのお腹に入り込んでいるのもいれば、すでに大きくなってヒナだけでくっつき合っているのもいる。 丘の上の集団はもはやここには収まりきらなくて、端のほうに営巣しているペンギンは今にも押し出されて崖から下に転げ落ちるのではないかと心配になるくらいだ。 彼らは常に、リアルに崖っぷちに立たされているのだ。

 資料によると、ここデビルズ岬のジェンツーペンギンは約3000ペア。 つまり、単純計算すると大人が約6000羽、ヒナが約6000羽(1ペア当たりヒナ2羽として)で、合計1万2000羽くらいのジェンツーペンギンがこの狭い空間に集中していることになる。

 よく見ると、わずかだがヒゲペンギンのルッカリーもあった。 ジェンツーペンギンの集団から少しだけ離れた、あまり住環境のよくないきつい斜面に大人30羽ほどだけで円形に営巣しているのが一つ。 ジェンツーペンギンの集団に取り囲まれた状態で、肩身が狭そうに大人50羽ほどで営巣しているのが一つ。 どちらも、今にもジェンツーペンギンに侵略されてしまいそうな雰囲気で、心無しかヒゲペンギンは遠慮がちな様子に見えた。

「おぉ、キミたち、すまんねえ・・・決して怪しいもんじゃないよ・・・」
 話しかけながら、私はペンギンたちのそばに忍び寄った。 彼らにとって私は完全なる怪しい者である。 みな俄にザワツキ始めた。 私は手早く、足元に堆積した排泄物を採集した。

 丘の上から島の南側へ降りる斜面と浜辺との間には雪が積もっており、海とこの丘を行き来するペンギンたちの通勤路となっていた。 “ペンギンロード”である。 雪の上をペンギンたちが何度も何度も通るうちに、その通り道が黒くきれいなラインになっていた。 人間と同じで、誰かが先に通って踏み固めてくれた道のほうが歩きやすいのだろう。 丘の上から見ていると、どのペンギンも、しっかりとその道だけを歩いている。 その姿が、まるで決められたレールの上をゆく人間社会と人生の縮図のように感じられて、なんとも言えないシュールでファンタジーな風景だった。

 帰り道、私もそのペンギンロードを通った。 前後2方向のみにそそくさと行き交うペンギンの群れに囲まれて歩いていると、だんだんペンギンたちが黒いスーツを着た人の群れのように見えてきて、なんとも言えない可笑しさと侘しさ、そしてペンギンに対する親近感が湧いてきた。 人間が生きる文明世界から最もかけ離れているこの南極の地で、通勤時の“新橋駅”辺りにまぎれこんだように感じてしまったせいかもしれない。

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