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Channel: 【 閑仁耕筆 】 海外放浪生活・彷徨の末 日々之好日/ 涯 如水《壺公》
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めくるめく知のフロンティア・学究達 =171= /吉田憲司(12/15) 

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仮面ライダー? 月光仮面? なまはげ? それともプリキュア?

連想ゲイムで並んだ語彙の共通点は、顔面に装着する仮面であろう……

アフリカの仮面に魅せられて、ザンビアの秘密結社に参加したレアでディープな体験から、

アフリカの仮面の魂と真実にたどりついた吉田憲司

【この企画はWebナショジオ_“日本のエキスプローラ”/研究室にいって来た”を基調に編纂】

(文=川端裕人/写真=藤谷清美 & イラスト・史料編纂=涯 如水)

◇◆ 吉田憲司(12) / 「異界」の力を形にした「仮面」 =1/3= ◆◇

 本稿の最初で述べた通り、仮面はどこにでもありそうで、どこにでもあるわけではない。

 太平洋諸島では、ポリネシア、ミクロネシアにはなくて、メラネシアのみ。アフリカでは、赤道を挟んだ熱帯雨林、ウッドランド、サバンナまで。おまけに、農耕中心の社会には見られても、牧畜中心の社会では見られなくなる。

 こういう特殊性はどこから来るのだろう。また特殊性を持ちながら、仮面を持つ文化では共通するものが多いという不思議はどこから来るのだろう。

 吉田さんはそれを「異界」というキーワードで語る。

「仮面というのは、異界、つまり自分たちの知識や力の届かない世界を目に見える形にする装置だと思います。チェワの場合はその異界が森なんですね。森からやってきた野生動物をかたどったニャウ・ヨレンバ、特にエランドをかたどったものが死者の霊を取り込んで森へ帰り、燃やされて、死者の霊を祖先の世界へ送り届ける。この場合は村が自分たちの世界で、森が異界ということですね」

吉田さんがいう「異界」を設定しやすいのは、ある程度定住性のあるライフスタイルの人々ではないか、というのは、容易に想像できる。

「牧畜、特に遊牧をしているような社会だと、人は行こうと思えばどこでも行けますから、自分たちの世界がここまでで、その彼方の世界は異界だというふうな境界がなかなかつくれないですよね。彼らが仮面を持たないのはそういう理由なのかもしれない」

 ちなみに、吉田さんが「仮面異界説」を思いついたのには、興味深い背景がある。

「喪明けの儀式ボナには森の野生動物だけでなく、自動車とかヘリコプターとかも登場します。なぜかと聞いたら、もともと、こうしたものはチェワの村になかったものだからと言うわけです。つまり村の外からやってきたものだからだと。それが、なるほど、仮面というものは、村の外、つまり異界の力を姿形にしたものなのだと、私が認識し得た、きっかけでした」

 いったんこのように認識してしまえば、他の社会での仮面の役割が、似た構造を示すことに気づくまであと一歩だ。

「異界というのは、要するに、自分たちの力、自分たちの知識の及ばない世界です。それをそのまま放っておけば、自分たちは押しつぶされてしまう。人間の歴史は、その異界の力を少しでも自分たちの世界の側に取り込もうとする歴史だったと言っていいかもしれません。科学も、宗教も、アプローチは違いますが、そうした営みの一つです。仮面は、その異界の力を一時的に目に見える形にし、交わることでその力をコントロールしようという装置だと言えると思います。コントロールできれば、また元の世界へ帰っていってもらっていい。だから、いつも仮面はどこからかやってきて、しばしこの世界で戯れ、またどこかへ去っていきます」

 ・・・・・・明日に続く・・・


■□参考資料: 民族の仮面 ・仮面の世界 (1/4) □■

日本語の仮面にあたるマスク(仏masque・英mask・伊mas・chera)は,狭義では,布・弧木,金・銀・その他の材料で人間や動物あるいはその両方の要素を同時にもつ人体の顔の部分を覆うものを指す・しかしながらマスクという言葉の語源をたどる時・末期ラテン語でmascaは,魔女という意味であり,マスクの古い宗教的で呪術的起源を暗示している。

旧石器時代の洞窟には,浮き彫り,線刻画その他のテクニッグで,人間や動物の姿そして呪術的意味をもつ記号のようなものが多くの文化に,しばしば見られる。その中でも動物の頭を持った人間像は多く動物の頭の部分が仮面だと解釈される例が少なくない。

これらの動物とも人間とも区別し難い裸体人物群の中に,呪術師だとか魔女だとか判別される人物がいて,それが仮面と呪術が密接な関係を持っているのではないかと言われる根拠でもある。そしてまた顔や体に色を塗ったり,頭に飾をつけたり,動物の毛皮を被ったりする原始的呪術的変装といえる行為から,仮面という固定したものをつける形へと発展していったのではないかと考えられる。

 シチリアのバレルモ市近郊のアダウラ(Addaura)の洞窟に鳥のくちばしを持った裸体の男性群を彫った線刻画があるが,その頭部ほ仮面だと解釈され,まさに呪術的祭儀を行っている状況を描いていると言われる。フランスのアリエージュ県(Ariege)のレトロワ・フレールと呼ばれる洞窟には、呪術師と称せられる牡鹿の角をつけ,羚羊(かもしか)のひげ,馬の尾,人間の手足と男根をもった人物の壁画があり、シベリアのシャーマンのかもしかの角をつけ,動物の毛皮を被り、手に太鼓を持った姿と比較し、超自然との関係をもつ者の変装として指摘されている。

◆ How is it made? The Making of African Masks ◆

動画のURL: https://youtu.be/vAx6etYBuHE

 更に,北アフリカのアルジェリア東部、タヅシリ・ナジュール(Tassilin・Ajjer)で,1956年フランス人アンリ・ロート(H.Lhote)は,仮面をつけた黒人が踊っている先史岩壁画を発見した。この人物のつけている仮面は,現在もアフリカのコートディヴォアール北西部の森林地帯に住むセヌフォ族の使っている仮面と同じである。

これらの例に示されるように,人間は,強力で影響力のある超自然の力を持つ被創造物として描かれている。それはギデオンによれば,人間の超自然と直接関係をもとうとする必然性から生れる「宗教的衝動」に具体的形を与えようとした努力の結果である。そして呪術的起源から発した仮面の用途ほ,祭儀だけでなく,戦,劇,裁判,政治,或いは死者につける死面へと多様化していった。

更にミルセア・エリアーデによれば,旧石器時代の宗教的呪術は,シベリアのシャーマン及び猟民文化の世界に広く受けつがれた.つまりアフリカ,メラネシア及びシベリアのシャーマニズムと最も深い関係をもつエスキモー及び北アメリカ原住民の文化に,特に仮面が発達したのは,これらの文化圏に於ける生活の基盤となっている狩猟,漁猟と切り離しては考えられないのである。

シベリアのシャーマンは厳密な意味での仮面を持たず,顔に炭を塗るとか布を被って顔を隠した.反対に衣装は複雑な象徴的意味をもつ無数の小道具のぶら下った特異なもので,エスキモーでは仮面が霊界を施し,シャーマンの欲する創造物になる道具として使われるのと同様の働きをした。

いずれにしても仮面は意識下の世界を扱い,仮面をつけることにより,外見上の姿を変えようとする素朴な願いを具体化すると同時に,仮面自体の表現するもうひとつの自己を超越した祖先あるいは神話の人物になることが出来,現在という時から自由に過去,未来への飛躍を試みるのである。 ・・・・・・明日に続く 

◆ African Art - The Market of Masks (Documentary of 2015) ◆

動画のURL: https://youtu.be/E5NEm5qwTAI

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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽  憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・

森のなかえ

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