ちょっと間抜けで憎めない、いや、愛すべき容貌をしたクマムシ
低温にも負けず、高圧にも負けず、乾燥にも放射線の照射にも負けず
2700メートルの海底から標高5000メートルくらいの山まで、頑健丈夫な体で生き抜く
華の都パリでそんな“かわいいけど最強”の生物・クマムシを研究する栃本武良
【この企画はWebナショジオ_“日本のエキスプローラ”/研究室にいって来た”を基調に編纂】
(文=川端裕人/写真=川端裕人・堀川大樹 & イラスト・史料編纂=涯 如水)
◇◆ クマムシ/堀川大樹 : 第5回 いつも心にクマムシ愛 ◆◇
クマムシ研究者、堀川大樹さんは、もともと動物生態学的な研究から出発して、NASAでの宇宙生物学を経、現在はパリ第5大学で分子生物学的なアプローチで自ら系統を確立したヨコヅナクマムシを研究している。2011年4月からの赴任のため、まだ論文という形では公になっていないものの、堀川さんはそれなりの手応えを感じているようだ。
NASA時代の研究で、パリでの研究に直接つながるものを紹介しておこう。
「──紫外線によるDNAの損傷を調べたんです。乾眠していない活動中のヨコヅナクマムシに紫外線を当てるとDNAの中のチミンとチミンが隣り合っているところが、ぐちゃっとくっついてチミン2量体というのになるんです(注・チミンはDNAを構成する4種類の核酸塩基のうちの一つ)。これは正常な状態ではなくて、つまりDNAが損傷しているんです。水棲で乾眠しないクマムシでも同じことをすると、損傷の度合いも同じ。ところが、ヨコヅナは死なないのに、水棲のは死んでしまう。DNAの損傷が同じでも、片方は生きて、片方は生きのびるということは、DNAの損傷自体が死に直結しているわけではない。現在考えている仮説としては、ヨコヅナクマムシには紫外線を浴びてDNAを損傷しても、生命システムを維持できる能力があって、また、DNAの損傷の修復能力もすごい、と。実際、1日~2日ぐらいたってからヨコヅナのDNAをみると、もう元通り直ってるんですよ」
「──もう一つ実験したのはですね、じゃあ乾眠して樽型になったクマムシはどうなってるのか、と。ガンマ線と違って、紫外線に対しては圧倒的に乾眠中のやつが強いんですね。そのDNAを見たら、ほとんど損傷を受けてないんですよ。つまり、クマムシは、体の中に水があってぶよぶよの状態でも紫外線にかなり強く、更に乾燥するともっと強いわけです。そのメカニズムには、DNAの修復能力もあるし、乾燥すればその前に防御して、そもそも損傷が起こらないようになる二重構えだとわかったわけです」
今、堀川さんがパリで取り組んでいるのは、紫外線に加えて、放射線耐性の問題だ。堀川さんを研究室に招聘したボスは、放射線耐性細菌の研究の第一人者で、その細菌のDNA修復能力、抗酸化作用などのメカニズムを研究してきた。その延長でクマムシも、ということになるのだが、研究室全体のゴールとしては、かなりぶっとんだ構想があるようだ。
人の疾患、寿命、老化といった現象は、DNAの損傷に対する修復能力、抗酸化能力などと関係しているとされる。そこで、異常が出たところをノーマルな状態に修復できないか、という研究が多く行われてきた。しかし堀川さんの研究室では、むしろ、高い耐性を持った生き物のメカニズムを解明することで、ノーマルなものをもっとハイパーにできないか、という発想なのだそうだ。かなりSFチックなのだが、そういう常識離れした目標を見据えた基礎研究からは、きっと様々な副産物が飛び出してくるだろう。
堀川さんは、すでに、クマムシと放射線耐性細菌について、興味深い違いを見つけている。
「クマムシのDNAの防御っていうのはちょっと変わっている感じがするんです。まだ確信ではないんですけど……この研究室で扱われている放射線耐性細菌は、放射線を当てるとDNAがバラバラになっちゃうんですね。それがうまい具合に修復されてもとに戻っていく。それが放射線耐性の一つになる強力な修復機能だと言われています。でも、私が以前、クマムシに放射線をあてたとき、どうもクマムシはDNAは切れてないんじゃないかと示唆する結果が出たんです。今の時点では、妄想ですが、恐らくクマムシの体の中には放射線でDNAが切れないように守っている物質があると思うんですね。そして、それがほかの極限環境耐性に対する鍵にもなっているんじゃないかとも思うんです──」
堀川さんが、こういった問いについてなんらかの回答を得、論文にするのはしばらく先の話だ。そこに至るまで、また思わぬ落とし穴があったり、ブレイクスルーを要する局面にも出会うだろう。しかし、堀川さんなら、ヨコヅナクマムシとともに、困難な道を歩き通してくれるだろう、と思える。
というのも……
常に立ち戻るのは、クマムシ愛、であるから。
学部生の頃、はじめてクマムシを見た時「かわいい!」と思ってしまったところから、すべてが始まっている。
「単純に乾眠や、放射線耐性の研究をするなら、線虫やワムシ、ネムリユスリカの方がよかったかもと思います。それほど苦労なく飼えたり、体も大きかったりするので。あえてクマムシにこだわるのは、対象への愛着なんですね。たとえば放射線耐性が活動状態の方が強いとか、ほかに見られない点はあるんですが、「基本的に、こいつおもしろい!」という愛着がなければやっていない。合理的な判断だけではないんです」
この言葉には痺れた。
さらに言うと、クマムシ研究の世界には、そういう人(グループ)たちが多いそうだ。
ドイツのグループはやたら飼育が大変なオニクマムシを飼い続けている。ワムシの培養や培地の交換などを人海戦術で乗り切っているのでは、と堀川さんは推測している。イタリアのグループは、また別のクマムシ(Paramacrobiotus richtersi, パラマクロビオツス・リヒテルシ、という学名だそうだ)を飼育系としては不安定ながらなんとか維持しているようだ。きわめつけは堀川さんのライバルであるスウェーデン人の研究者で、今のところ飼えない体の大きなクマムシに徹底的にこだわり続けている。
対象への愛、愛着ゆえだろうか。
やっぱりそうだよな。そういうものがないと、ぶっ倒れてまで研究しようとは思わない。
うん。愛だよ、愛!
次回は“番外編 エッフェル塔でクマムシ探し”に続く・・・
◆ The Most Resilient Animals in the Universe ◆
動画のURL: https://youtu.be/eXBkmLzBHZk
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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽 憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・
森のなかえ
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