地球に生息するアザラシから、チョウザメ、ウナギ、ワニ、ペンギン
つまり 北極圏―中国深部―マレーシア―フロリダ―南極まで
インディ・ジョーンズばりに世界の極地を飛び回り、兵器“データロガー”で野生動物を狙う
驚くべきデータを次々に発表する / 大型捕食動物の生理生態学者・渡辺佑基
【この企画はWebナショジオ_“日本のエキスプローラ”/バイオロギングで海洋動物の真の姿に迫る”を基調に編纂】
(文/写真=渡辺佑基= & イラスト・史料編纂=涯 如水)
◇◆ ヒラシュモクザメに関する奇想天外な仮説 =1/3= ◆◇
当連載の前々回、グレートバリアリーフ(豪)で調査したヒラシュモクザメから面白いデータが取れたと述べたが、まだ詳細を記していなかったので、今回はそれについて書きたい。実際のところ、ヒラシュモクザメからは面白いどころか、奇想天外とさえ言ってもいいデータが取れ、それに基づいて奇想天外な仮説(それでいて十分にあり得る仮説)が生まれた。研究者としてはこのような話は、論文として発表できるまで内緒にしておくのが戦略上正しいのだろうけれど、待ちきれないからいま言ってしまう。とはいえまだ未検証の1つの仮説に過ぎないということを忘れないでいただきたい。
取れたばかりのヒラシュモクザメの遊泳行動データ(深度、遊泳スピード、加速度など)をパソコンに映し出したとき、私は我が目を疑った。いままでに見てきたどんな魚類とも違う、特異的な、あるいは異常ともいえる遊泳パターンが見て取れたからである。
まず、深度について。サメはグレートバリアリーフの比較的浅い海の中(最深部で30~40m程度)をひっきりなしに潜ったり浮上したりしていた。とはいえこれは特段驚きのデータではない。私の経験では、多くの魚が似たような上下移動を見せる。
次に遊泳スピードについて。ヒラシュモクザメの平均的な遊泳スピードは時速3キロほどであった。これは体長3mほどの魚としてはごく普通の値である。
ホホジロザメやマグロ類など、体温をまわりの水温よりも高く保つ特殊な魚に限り、これよりも2~3倍速い速度で泳ぐことは当連載の前回に述べた通りだ。
問題は加速度である。加速度というのはすこぶる便利なデータであり、動物の動きに関する、いろいろな情報を含んでいる。たとえばサメの尾ひれの左右の振りを読み取ることができるので、サメが遊泳に費やした努力量がわかる。遊泳中のサメの姿勢(体が上を向いているか下を向いているか、あるいは右に傾いているか左に傾いているか)を読み取ることもできる。
ヒラシュモクザメの遊泳中の姿勢は常軌を逸していた。体全体を右に60度ほど傾けた横倒しの状態で5~6分間泳ぎ、その後、今度はくるりと体を反対方向にまわし、左に60度ほど傾けて5~6分泳ぎ、それが終わると、また右に傾いた姿勢に戻る――そんな奇怪なスイッチングを延々繰り返していた。
このことに気付いた時、私は失敗のデータだと思った。サメが横倒しの状態で泳ぐなど、しかも寝返りを打つみたいに方向をときどき切り替えるなど、聞いたことがない。このサメは釣られた影響でひどく体が弱っており、異常な動きを見せたのだと思った。
でも考えてみれば、このサメは、放流してから記録計が切り離されるまでの18時間の間に、20キロほど移動したことがわかっている。弱ってふらふらの魚がそれほどの距離を泳ぎ切るとは考えられない。
・・・・・・明日に続く・・・・
■□参考資料:バイオロギングで探る海洋動物の行動・生態 (3/6) □■
国立極地研究所・総合研究大学院大学複合科学研究科 / 高橋 晃周
「深海」まで潜水する動物たち
バイオロギングの成果として,アザラシやペンギ ンといった動物たちが,どれくらいの深さまで,どのくらいの時間潜水しているのかを明らかにしたことがあげられる。その結果によると,光合成による生物生産が一般に高いとされる0~200 mの光が届く範囲の深さ(有光層)の中でえさを取る種類が多い。
しかし,キングペンギンやエンペラーペンギン, アザラシ類などでは,有光層を大きくこえて,海洋生物学でいう「深海」(水深200 mより深いところ)まで潜水しているものもいることがわかってきた。 ペンギンやアザラシは,ヒトと同じ肺呼吸動物である。すなわち,水面の息継ぎで肺や血液,筋肉中に 蓄えた酸素に頼って,これほど深く,長い潜水を繰 り返しているのである。
なぜ「深海」まで潜水するのか?当然えさを取るためにだと考えられるのだが,200 mをこえた深度に動物の要求を満たす量のえさが本当に存在するのだろうか?それはどんな種類のえさなのか?この疑問に答えるため,私たち極地研のチームでは,カリフォルニア大学と共同で,カリフォルニアの海岸に繁殖のために上陸するキタゾウアザラシを調査した。
キタゾウアザラシは一年のうちの10ヶ月を海で過ごし,400mをこえる潜水を絶え間なく繰り返す,北太平洋の代表的な海洋動物である。えさ取りの回数を調べるために,アザラシの下顎に加速度記録計を取りつけた。
ゾウアザラシはえさを捕らえるときに,大きな口を開け,その口の開閉にともなう引力でえさを口に取り込む(吸い込み型採餌)。口の開閉にともなう顎の振動を記録し,えさ取りの回数を調べようという新しい試みである。
またえさの種類を調べるために,アザラシの頭に新規に開発した小型の赤外線カメラ記録計を取りつけた。
その結果,キタゾウアザラシの約3ヶ月間におよぶ回遊中のえさ取り回数の記録を初めて得ることができた。それを見ると,アザラシは最大1200 mの深さまで潜水しており,500 mをこえると口を頻繁に開閉させえさを取っていた。
アザラシは回遊中に平均4000回の潜水を繰り返すが,そのうちおよそ80%の潜水で1回以上の捕食が記録されており,また潜水深度が深いほど捕食の成功率は高かった。また頭に取りつけたカメラ記録計には,ハダカイワシ等の深海性魚類が写っていた。
ハダカイワシなどの魚が大量に分布し効率よくえさを取れるため,ゾウアザラシはわざわざ「深海」へと潜水を繰り返すらしいことがわかってきた。しかし,光がほとんど届かない深度で,クジラのようにエコーロケーションを使えないアザラシが,どのようにえさを見つけるのだろう か?まだ大きな疑問が残されている。
・・・・・・明日に続く
◆ バイオロギング ◆
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