〇◎ “命のことを知らずして、命の大切さは理解できない” ◎〇
= 探検的調査を実践する “探検昆虫学者” 西田賢司 =
【この企画はWebナショジオ_“「コスタリカ 昆虫中心生活」” に追記・補講し、転載した】
☠ 中米コスタリカで新種の昆虫を見つけまくる男! 「バックマン」 ☠
曰く 『昆虫は、僕たちに自然の変化を教えてくれる一番身近な存在です』
◇◆ =093= 葉を枯れさせて隠れるツノゼミ、ポリグリプタ ◆◇
今回は、前回とは別の種を紹介しながら、ポリグリプタ属のツノゼミの「奇妙なかたちの謎」について、少し掘り下げてみよう。 ポリグリプタの成虫はいったい何に擬態しているのだろう? スッと細長く伸び、筋の入った体は、植物のタネに似ていると思われがちだ。ぼくも20年ほど前にポリグリプタに出会ってから数年前まで、たしかに植物のタネに擬態しているのかも・・・と思っていた。
しかし、生態を観察し続けるなかで、植物のタネでなく、別のものに見えてきたのである。それにはいくつかの理由がある。まず、今回の主役である、おそらく新種のツノゼミ(最初と次の写真)をご覧いただきたい。 近くの庭に、木々の間を伝って上るように生えているキク科の植物があるが、写真のツノゼミをよく見かけるのは、この植物の地上から3~4メートルほどのところだ(次の写真)。
少し色づき、枯れ始めている葉の付け根あたりにお母さんツノゼミがいて(矢印)、中央の光が当たっているところに赤と黒の入ったクリーム色の幼虫たちがいる。 近くから見ると、葉の付け根近くに黒ずんだ3本の太い葉脈があり、それと並ぶように黒っぽいお母さんがいる。そして葉の色づいた部分に幼虫たちが集まっている。両者とも葉に上手く溶け込んでいるようだ。
葉の付け根近く(基部)を顕微鏡で確認してみると、細い葉脈にも黒ずんだ部分があり、太い脈も細い脈も黒ずんだ箇所は傷つけられた痕に見えた。お母さんツノゼミがストローのような口(口吻)を使っておそらく「意図的」に葉脈を傷つけているのだろう。なぜ?
傷つけられた葉は他の葉に比べ早く色づき始め、枯れたようになる。細長く傷つけられ黒ずんだ脈の部分は、成虫のツノゼミが隠れやすい場所となり、色づいた葉は幼虫たちが隠れやすい場所となる。視覚を頼りにする捕食者、たとえば鳥やスズメバチの仲間などからある程度身を守るのに役立つと、ぼくは考える。
仮に葉を傷つけるのが「意図的」でないなら、お母さんツノゼミがわざわざ葉の基部で汁を吸い続ける(食事をし続ける)ことの説明がつかない。なぜたくさん周りにある鮮度の良い葉にお母さんと幼虫たちは移動しないのか?となる。
ふだんは葉の裏で生活しているが、では飛んでいるときは?というと、なんとその姿はアシナガバチの仲間のハチにそっくり! この種が林縁で飛んでいるのをたまに見かけるが、黄色と黒の細長いボディーに飴色の翅で飛ばれるとハチに見えてしまう。このように、飛んでいないときの姿はまったく別ものだが「飛ぶと似る」タイプの擬態も自然界では珍しくない。
その上、これまでポリグリプタツノゼミがタネのようにぽろっと落ちて死んだ振りをしているところは見たことがない。 今度は、コスタリカの首都サン・ホセ近郊の平和大学が管轄するエル・ロデオ保全区域で見つけた別のポリグリプタ属のツノゼミをご覧いただきたい。
この種もキク科の1種の葉の裏で葉脈から汁を吸って生活している。上の写真は終齢幼虫を接写したもので、下の写真が成虫のオスとメスだ(黒っぽいほうがオス)。こちらも新種の可能性が高く、「葉を枯らせ」て、枯れてきた部分に溶け込むように佇んでいる。
前に紹介した種と違うのは、メスの色が黄色っぽい薄茶色をしていること。メスは葉脈にたくさんの卵を埋め込むように産卵するのだが、そうすると葉脈が少し黄色っぽくなるほか、卵が集まっている部分の模様が薄茶色っぽくなり、なんとなくメス自身のボディーに似ているところが興味深い。メス自身や卵になんらかの「擬態効果」を生んでいるのか? 色々と想像してしまう。
いろんなポリグリプタツノゼミを見てきたが、植物のタネのような生活ではなく、葉を枯らせて、枯れていく葉脈に溶け込むような生活をしている。つまり、ぼくはこう考える。このツノゼミの成虫は、葉の裏にいるときは枯れたような葉の脈に擬態し、飛んでいるときはハチに擬態している。そして幼虫は、色づいて枯れていく葉や虫食いの葉(前回紹介)の部分に擬態している、と。
ツノゼミは全体的に茎や枝、新芽や若葉など、植物の成長著しい箇所にいるというのが定説だが、これまでに出会ってきたポリグリプタツノゼミたちには通用しない。ポリグリプタは「葉を枯れさせてそこに住む」、一風変わった生きかたをするツノゼミなのである。これがすべてのポリグリプタツノゼミに当てはまるかどうかはわからない。これからのさらなる観察と未知なる種との出会いが楽しみだ!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 今週のピソちゃん ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
Ӂ 森の健康優良児、アグーチのアグちゃんの「刺激的」な行動 Ӂ
10月半ばから12月初めまで、モンテベルデはドングリの季節だった。地面にたくさんのドングリが落ちていると、日本の秋から冬の始まりを感じさせてくれる。 そんな季節のなか、家の周りのあちこちでうろちょろ、せわしなく動いていたのが、ピソちゃんに続くもう1種の「ご近所さん」、哺乳類のアグーチの「アグちゃん」だ。
アグーチは、ネズミ目:テンジクネズミ上科:アグーチ科に分類されている。体長は40~60 cmほどで, 体重は約3 kg。見た目は、小さなカピバラ、大きなリスかネズミと言ったところ。
アグーチの仲間は中南米に約15種生息していて、今回紹介する種は、マダラアグーチ(Dasyprocta punctata)。この種はメキシコ南部からエクアドルに分布していて、コスタリカでは海抜ゼロメートル地帯から標高2400メートルぐらいまでの林縁周辺でよく見かける。
「なぜマダラ?」と思われるかもしれないが、よく見ると細かいプツプツした点の模様があるので、たぶんそこから名前がついたのだろう。ぼくは、アグーチの「アグちゃん」と呼んでいる。ちなみに、しっぽが無いように見えるが、黒っぽい太くて短い釘(クギ)のようなのが、たまに見え隠れする。
ぼくがアグちゃんの風貌で印象的な部分を挙げるとすると、2つある。まずそのツヤツヤとした毛並み。健康そうだ! そしてもうひとつは、ピンク色の耳だ。 アグちゃんの耳には毛があまり生えておらず、光を通すほど薄い。流れる血と太陽の光が、鮮やかなピンク色を浮かび上がらせているのだろう。ぼくがアグちゃんに出会った当初は、誰かが研究や調査のために、耳にピンク色の印をつけているのだろうと思っていたほどだ(笑)。
さて、家の周りには2種のドングリの木(コナラ)があって、両方とも大木になるのだが、ドングリの大きさが1種は小さく(日本の一般的なドングリという感じ)、もう1種は大きい。特にいわゆる帽子の部分「殻斗(かくと)」が特大で、直径が5センチ近くにもなる。
じつは、地面に落ちているドングリは、ほとんどが「帽子」だけ。実の多くはピソちゃんやペッカリー(イノシシの仲間)など野生動物たちにあっと言う間に食べられてしまい、残っていないのである。アグちゃんもドングリが大好物で、ムシャムシャと食べているのを見かける。でも、それだけではない。アグちゃんはドングリを見つけたとき、他の動物がとらない「刺激的な」行動をとるのである。
アグちゃんは、ドングリなど森の木の実を見つけると、それを拾っては、実がなっている木から少し離れた場所、たとえば林道沿いや林縁などの開けた場所まで口でくわえて持っていく。そして、前脚で小さな穴を掘ったかと思うと、くわえていた実を落とし、前脚で土をかぶせ、埋める。
埋め終わると、前脚で埋めた土をキュッキュッキュットントントンと押し固めるような行動をとる。さらに周りにある落ち葉をかき集めて、その部分を隠したり、口で葉っぱをくわえて、埋めた土の上にちょこんとのせたりするのである。
木の実をくわえてから埋める場所までの移動はサッサッ!と素早く、穴を掘り始めて埋め終わるまでの作業工程をほんの数秒から10秒ほどで済ませるので、ぼくはなかなか上手く写真や動画で撮影できずにいた。でも、このまえピソちゃんがハシゴを登り降りするところを撮るために設置していた定点センサーカメラに、そのしぐさが映っていた。
また、別の場所ではドングリの埋め込み現場を目撃した。アグちゃんは、ドングリの大木の下で拾った大きなドングリを、20~30メートルも離れた林縁の開けた場所まで「わざわざ」持っていき、埋めていた。下はその現場写真だ。 写真中央の埋めたところを掘ってみると・・・掘ってみると・・・掘ってみると・・・あった! 大きなドングリが。 ササッと数秒で掘って埋めていたので、もっと浅いのかと思っていた。深さ10センチはあろうか、ちょっと驚きだ。
ところで、なぜアグちゃんは開けた場所に木の実を埋める行動をとるのだろう? 文献や本などの情報によると、食糧が少なくなったときのために備蓄しているということだ。現に、埋めてあったドングリなどを掘り起こして、食べているところを何回か見たことがある。
食糧がたくさんあって食べきれないときは、他の動物や仲間に気づかれにくい、その場所から少し離れているところ、そして後で掘り起こすために分かりやすい林縁などの開けているところに埋めるのだろう。でも、埋めて蓄えておいたドングリをすべて掘り返すことはできないようだ。「正確な場所を忘れる」のかも知れないし、餌が豊富で掘り返す必要がないこともあるだろう。
理由はともかく、アグちゃんがドングリを埋める行動をとることで、結果としてほかの動物たちに食べられてしまう可能性が低くなり、発芽する可能性も高くなっているとみられる。これまでのさまざまな研究と、ぼくのこれまでの観察を合わせて考えると、このアグちゃんの行動が地上に実を落とす多くの木々のタネの拡散と発芽に、大きく、深く、関わっていることは間違いないだろう。
アグちゃんたちは、森の速やかな再生を担う「キーパーソン」で、大切なご近所さんと言えるのである。 そこで、アグちゃんの生活史写真を記載しておこう。
・・・・・つづく
_ Tortuguero Costa Rica _
・・・・・・ https://youtu.be/f36yVQ2Zmok ・・・・・・
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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽 憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・
森のなかえ
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