〇◎ “私が知りたいのは、地球の生命の限界です” ◎〇
= 海洋研究開発機構(JAMSTEC)及びナショナルジオグラフィック記載文より転載・補講 =
☠ 青春を深海に掛けて=高井研= ☠
ᴂ 第3話 JAMSTECへの道 後編 ᴂ
◇◆ その5 僕はキミの目がとても気に入っている =1/3= ◆◇
前回まで:京都大学でプロの研究者生活をスタートした高井研は、次のステップに向けて3つの研究所=理化学研究所、JAMSTEC、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のエドワード・デロング研究室に申請を出した。そして日本の研究所の面接を前に、サンタバーバラ校訪問を含めたアメリカ西海岸の旅に出た。
アメリカ・ネバダ州の「砂上の楼閣」都市で、かなりすっからかんになるなどの悲しい思い出づくりにいそしんだ後、ややブルーな心持ち半分、憧れの研究者に会う緊張半分、サンタバーバラでエド様に会った。 彼は、ボクが思い描いていた通りの素晴らしい研究者であり、思いやりのある、とてもフェアな人間だった。
「来年からモントレー湾水族館研究所に移動するけど、モントレー湾水族館研究所は凄く最先端の素晴らしい研究環境で、これからは海洋表層だけじゃなくて深海や深海底の研究も出来るよ」と話してくれた。 モントレー湾水族館研究所は、ボクにとってその時初めて聞く名前だったけれども、後から調べるとモントレーという街も研究所も、とても魅力溢れるところだということがわかった。
彼と話している時、ボクは正直に今3つの申請書が同時進行している状況を伝えた。 そしてもし、彼の研究室に来ることができない場合、理化学研究所とJAMSTECのどっちの方に行ったらいいと思うかを聞いてみた。 ボクはその時点で、気持ちは少し理化学研究所に傾いていた(それはサラリーがびっくりするぐらい高かったのとあのトラウマが原因だ)けれども、実際は迷っていた。
彼は迷うことなく、「ボクが君の立場だとすれば間違いなくJAMSTECを選ぶよ。 理化学研究所も有名な研究所だけど、JAMSTECは世界的にもトップクラスの研究所だと思うよ」と言った。 ボクは、ワシントン大学留学時代に感じた海外でのJAMSTECの評価の高さが、すこし研究分野が違うはずのスーパースター・エド様にも通用していることにびっくりした。 「うーむ、サラリー低いけどJAMSTECめ、やるな」
アメリカ西海岸10日間の旅から帰国した後も、そんなエド様のアドバイスが心に引っかかって迷っていた。 しかし依然、状況はやや理化学研究所優勢のまま(それはやはりサラリーが高かったのとあのトラウマの所為)、関東制覇遠征の日がやってきた。
遠征初日は、理化学研究所の二次審査であり、審査はプレゼンテーション形式で行われた。 ボクの頭の中に、その時の記憶がまったく残っていないのは不思議だ。 深夜バスで朝早く新宿かどこかに到着して、そのまま直行してやった審査だったが、ともかくとても眠かったことと、終わった後、気持ちがとてもグッタリしていたことしか覚えていない。 プレゼンテーションはうまくいかなかったのだろう。
そしてそのグッタリした気持ちのまま、希望先研究室を訪ねた。 そこで、二次審査というのはほとんど形式的なもので、審査はほぼ一次審査で終わっているということを聞いた。 つまり二次審査というのは、これから一緒に働く研究室のボスやメンバーと顔合わせをしなさいという意味合いが大きいのだということを。 ボクは多分合格していると言われた。
= 物事を究極に成し遂げたいなら、他人をいいわけにするな (6/6)=
人間は、自分のためにしかがんばれない
深海・地殻内生物圏研究分野/ 分野長 高井 研
27〜30歳まで世間からも一人前とは認められません。自分が好きなことができたらいいなという気持ちで研究を続ける人生を選択する人が多いので、実際お金を稼げるようになっても、お金を稼ぐことに人生の幸せを感じないのではないでしょうか。それがある意味当たり前の世界なので、僕はむしろ、お金が欲しい人に聞いてみたいです。「自分の懐にお金があることの何が幸せなのか」と。
僕のあまのじゃくなポリシーは、「なるべく人の役に立ちたくない」。偽善的な自分が嫌いなんです。「人間って、”人のために”そんなにがんばれる?」と思う。僕は無理ですね。自分のためにしかがんばれません。僕は、他人を理由にしては本当に苦しいことに耐えられない性質です。
僕が最近読んですごくハマった本に、史上最強の柔道家、木村政彦さんに関する著書があります。「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と言われるほどの尋常ならざる柔道家ですが、その地位に上り詰めるためには気の狂ったようなハードな練習を積み、異常なまでの修練、努力を続けたことは想像に難くありません。そしてそこまで自分を追い込めるのは、間違いなく自分が強くなりたいから。「誰かのために」ではなく。それは、真理だと思います。
本当にすごいと思う人は、「突き動かされる何か」のためにやっていると思います。それは生まれ持ったものかもしれないし、後に獲得したものかもしれません。それはサイエンスでも芸術でも一緒。芸術は欲求がより顕著で、やりたくてやりたくてたまらないから表現せざるを得ないものですよね。
「人のために」という理由付けで、不断の努力は続きません。「物事を究極に成し遂げたいのであれば、他人を理由にするな」と、僕は言いたい。「自分のために」何をやりたいのかを突き詰めて考えなければ、やることなすこと中途半端に終わってしまうような気がします。
・・・・・・・・つづく・・・・・・・
動画 : 「ワンピースを求めて、世界の、宇宙の海へ」
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