○◎ Great and Grand Japanese_Explorer ◎○
○ 北極・南極、アァー 素敵な地球のはて =田邊優貴子= ○
= WEB マガジン ポプラビーチ powered by ポプラ社 より転載 =
◇◆ 水玉がはしゃぐ湖へ = 3/3= ◇◆
潜水調査では湖底にビデオカメラを設置し、1年間の水中の映像を撮影するという計画を立てていた。 そして、今回持ち込んだ約3トンの物資のうちの3割は、潜水調査に関連したものだった。 なんとしてでも実施したい。が、南極の大自然の前ではもはや、何もなす術はなく、ただ天候の神様に祈ることしかできないのだった。
1週間後、ヘリコプターで上空からなまず池の氷状を偵察することになった。 きざはし浜にやってきたヘリコプターに乗り込み、わたしは祈るような思いで、窓にピッタリと顔を押し付けていた。 手元にある地形図を確認しながら、パイロットに指示を出し、どんどんなまず池に近づいていった。
“あの山の陰だ—————” 不安と期待の入り交じる気持ちで、なまず池の手前にある山の方角をジッと見つめた。 その瞬間、ついになまず池が山の陰から姿を現した。
“……白い……” 大きく落胆した。そこにあったのは湖面の9割が、まだ分厚そうな氷と雪で覆われている真っ白ななまず池の姿だった。 あと数日で大きく変化するとは到底考えられない。 つまりそれは、潜水調査をすることはもはや不可能ということを意味していた。
あと4日もすれば、白夜が終わる。太陽が沈むということは、急激に気温が下がり始めることを意味している。 夏が終わり、急速に冬が訪れるのだ。もう時間がない。 しかし、どうしたものか……。
—————そうだ! 長池! 落胆している場合ではない。 長池に潜るという手があるじゃないかとひらめき、すぐさま反対側の窓に駆け寄った。 ちょうど長池の上空を通っているところだった。 眼下に飛び込んできた長池には、ちょうど真ん中に湖面の半分くらいの大きさの氷が浮いていた。 一見した感じ、それはさほど分厚くない。けれど、それほど小さくもない。 潜水調査は実施可能、とすぐに判断できるほど思い通りの状況ではなかった。
なまず池での潜水調査は断念し、長池を次の候補地とする。 そこまではいい。 しかし、長池での潜水調査もあと数日で決断しなければならない。
翌日すぐに、歩いて長池まで様子を見に行ったが、前日と比べてたいして変化していなかった。 不気味なほどに風もなく、湖面には一筋の乱れもない。 ただただ深い静寂がその場を包みこんでいた。
ツルリとした一枚岩でできている湖岸に腰を下ろし、溜め息まじりに空を見上げると、どんよりとした低い灰色の雲がピッタリと張り付いている。 鼻先にはどこからともなく湿った空気がまとわりつくのを感じた。
「嵐でも来ないかなぁ……」 今にも落ちてきそうな灰色の雲をながめながら、2年前の最後の調査日のことを思い出していた。
それは2008年2月10日。 翌日にはきざはし浜小屋を撤収して、昭和基地経由でしらせに戻らなければならないことになっていた。 だから、これが行動できる最後の日だった。気温は急激に低下しつつあったが、最後の日にふさわしい、雲ひとつ見当たらない澄み切った深い青空が広がっていた。
私たちはその日、ドライスーツとシュノーケル3点セットを持って長池に出かけ、湖岸から水面に泳ぎ出した。 腰につけるウェイトは持ってきていなかったので、ただ水面から水中の様子を観察した。 顔をつけると水に触れる部分があまりの冷たさでキンとしたが、そんなことはすぐに忘れ、水面にプカプカと浮かびながら眼下に見える湖底の様子と水中世界の美しさに一気に引き込まれていった。
2か月間にわたって、何度も何度もボートの上から調査をした湖。しかし、今目の前にあるのはそれまで見ていた湖とはまったく違う世界だった。水面から差し込む光がいくつもの筋となって、湖底をゆらゆらと照らし出していた。 本当にここは南極だろうか……この地球上にこんな場所があるものだろうか……本気で信じられない気持ちになっていった。
いつかエアタンクを担いで、この湖の深くまで潜り、まだ見ぬ湖底の世界をじっくりとこの目で見てみたい。 心からそう思った。
またきっと来る———この日、自分の胸の中でそう誓ったものの、また南極に来て、しかもこの場所に来ることができるなどという絶対の保証はどこにもなく、とにかく不確かなことだった。 ところが今わたしはこうして再び南極大陸の大地を踏みしめて、その長池の目の前にいる。もしかしたら、ここに潜って自分の目で湖の中の世界を見届けることができるかもしれない。
起き上がって湖を見据え、中心部に静かに浮かぶ大きな氷とは裏腹に気持ちはワクワクとしていた。 あと数日、とにかくこの氷がなくなることを祈り、辛抱強く待とう。 それしかすることができないと分かると、なんだか気持ちがスッキリとしていた。
その夜、ベッドで寝ていると、小屋全体が小刻みに揺れ出した。 風が吹き始めたのだ。 風は見る見るうちに強さを増し、いつしか轟音となった。 一晩中、暴風が小屋を揺らし続け、砂礫が壁を容赦なくバチバチと打ちつけていた。
“本当に嵐が来た!” 小屋が壊れてしまうのではないかという恐怖と、決して止むことのないけたたましい音でなかなか眠ることができなかったが、わたしは頭まですっぽりかぶった布団の中で、嵐の到来に歓喜していた。
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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽 憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・
森のなかえ
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