○◎ Great and Grand Japanese_Explorer ◎○
○ 北極・南極、アァー 素敵な地球のはて =田邊優貴子= ○
= WEB マガジン ポプラビーチ powered by ポプラ社 より転載 =
◇◆ 水玉がはしゃぐ湖へ = 2/3= ◇◆
湖面の氷が完全に融け、キラキラと光る水面を見つめていると、突然一羽のアデリーペンギンが湖の中から顔を出した。 何食わぬ顔でスイスイとこちらに向かって泳いでくる。 手を振って一応こちらの存在をアピールしてみたが、そんなことはお構いなしといった様子で、そのまま岸までたどり着くと湖から上陸した。 彼らもたまには真水を浴びたいのだろうかと本気で思ってしまうくらい、入浴をしてスッキリといった表情でそのまま歩き出した。 すぐ目の前までやって来るとお互いに目が合い、ピタッと歩みを止めた。
「グァッ」 たった一鳴きだけして、そのペンギンはまるで何事もなかったかのように再び歩き出し、私の横をヨチヨチと通り過ぎていった。 その野生の動物にあるまじき、あまりにも警戒心のない行動に思わず顔がほころんでしまう。 まるで映画で見た火星のように赤茶けた大地、そこにひっそりと水をたたえた湖、その中を自由に泳ぎ、歩き回るなんとも言えないほのぼのとした一羽のペンギンという存在。 目の前で繰り広げられているその光景はあまりにもアンバランスだった。 そしてその奇妙さによって私は魔法にかけられて、現実離れした空想の世界に迷い込んでしまったのではないかと思うのだった。
親子池はU字谷の中にあり、ここが氷河で削られたことを物語っていた。 湖岸沿いを上流に向かって歩いていく。湖の上流にある水の流入口まで来て、そこからU字谷の東斜面を見上げた。 直径1〜2メートルほどの大きな岩がゴロゴロしている沢筋に沿って水が流れて落ち、うねる小川を作りながら親子池に流れ込んでいる。 24時間照り続ける白夜の太陽のエネルギーが、そのままこの水の音に乗り移っているかのようだ。
そこから沢の上に向かって登り始めると、途端に懐かしい気持ちがこみ上げてきて私は少しずつ足早になっていった。
2年前の2008年12月〜2009年2月にかけて、このスカルブスネス・きざはし浜に滞在して、2〜3日に1回は必ずここを通った。 ゴムボートやさまざまな調査機材を背負子にくくりつけて背中に担ぎ、斜面を登っていった。 道なき道だったその通い道は、数週間も経つと、いつの間にか私たちの長靴の底の模様で目に見える小道になっていた。
この斜面を登ると、平らで少し開けた景色になる。 そしてさらに奥へまっすぐ進んでいくと、4方向の道が交差する場所に差し掛かる。 私たちはそこを“四ツ辻”と呼んでいた。 その四ツ辻の右手の道を登ると、意中の湖があるのだ。 その湖の名前は“長池”。 細長い形状をしている湖なので、長池。なんとも単純で、これと言って特別な名前ではない。 が、長池は私にとって強い思い入れのある、大好きな湖だった。
長池は透き通っているけれど、それは深い青というわけではなく、不思議な水色をした湖で、水深は一番深いところでだいたい10メートル。 端から端までは、直線で500メートルほどの淡水湖だ。
2年前、博士課程に在籍し、研究者を目指す大学院生だった私が博士論文のメインのテーマとして研究対象にしたのは長池だった。 初めて訪れた南極で、このスカルブスネスを歩き回り、いくつもの湖を巡ってから、研究対象にする湖を長池に決めた。それからの2か月間、何度も何度も長池に足を運び、ボートを浮かべて調査をした。
キラキラとした長池独特の水色の水をオールで漕ぐと、オールからしたたり落ちる雫がいくつもの水玉のようになって、水面を滑っていく。 静寂に包まれ、赤茶けた岩肌にひっそりと取り囲まれているこの場所での調査は、恐らく世界一孤独なフィールドワークなのかもしれない。 けれど、水面を滑る水玉がまるで嬉しそうにはしゃいでいるかのようで、そんな些細なことでさえ宝物のように美しくて、調査をしているわたしの心も一緒に弾んだ。
2ヶ月のフィールドワークが終わり、南極から帰国した後、そのデータを使って博士論文を書き上げた。 そんなわけで、私がこの湖に強い思い入れがあっても仕方がないことなのだ。 そんなことを思い起こしながら、四ツ辻から右の道を駆け上がった。 キラキラと光る水色の水を湛えた長池の姿を想像しながら、道を登り切った途端、見えてきたのは想像とは全く違うものだった。まだ湖面が白く、氷で覆われていたのである。
“もう1月中旬だというのに……” 長池の姿を見ることができた嬉しさはあったものの、それとともに、私の頭を不安がよぎった。
ここ宗谷海岸沿岸にある淡水の湖のほとんどは、例年1月中旬になると氷がほぼ消える。 早い時期だと12月下旬。遅くとも1月中旬にはせめて半分くらいは氷が融けているというのに、どうしたことか、今年はまだ少しも水面が見えていないのだ。 この冬の間に降る雪が多かったのか、極夜が終わってからの日射が少なかったのか。
すぐにでもボートでの調査をしたかったが、ひとまずそれは延期せざるを得ない。 とにかく氷がある程度融けてくれないことにはどうすることもできない。 しかも、湖の中心、一番深い部分には、2年前に設置したさまざまな観測機器が沈められている。 最も融けやすい湖岸から氷がなくなっていくとしても、中心部に氷が残っていると、その観測機器も回収できないのだ。
しかし、それよりもさらに不安なことがあった。 それは、潜水調査ができないかもしれないということだった。 エアタンクを担ぎ、スキューバダイビングで湖の中を潜水調査する計画を立てている湖は、長池ではなく、“なまず池”と呼ばれる湖。 この“なまず池”、これまでのデータや立地から考えても、確実に長池よりも氷が融けにくい。 長池でさえこんな状況なのだから、なまず池はもっと分厚い氷と雪に覆われているに違いなかった。 氷が湖面を覆っている状況ならば潜水調査ができなくなってしまう。
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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽 憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・
森のなかえ
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