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Channel: 【 閑仁耕筆 】 海外放浪生活・彷徨の末 日々之好日/ 涯 如水《壺公》
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思考の体系・進化の”系統樹ハンター”/三中信宏(8/13);学究達=324

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ⰧⰊⰧ Intermiussion/幕間 =狂(きょう)の出来事=平成4年10月26日<ⰧⰊⰧ

☆★ 保安官とカウボーイ兄弟が牧場で血統を争ってしまったため、ガッツ石松を召還してしまう(1881年=OK牧場の決闘)。☆★ 安重根義士によって、伊藤博文への天誅が下される(1909年)。これで日本の国民から政府に至るまで頭に血が上り、翌年には朝鮮がお取り潰しに。☆★ 朴正熙とその取り巻きによる酒席での悪口に諜報部門のトップが逆ギレ、銃弾をお見舞いし18年にわたった独裁政治を終わらせる挙に出る(1979年)。他方、病気の担任の代理として坂本金八が東京都墨田区立桜中学校3年B組で教鞭をとり始める。

本日記載附録(ブログ)

表向きは生物統計学の上席研究員にして大学教授。しかし、その裏では体系的な認識のルーツと本質を探求/宗教、写本、はては「百鬼夜行絵巻」など

曰く、日本の進化学者/国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構農業環境変動研究センター環境情報基盤研究領域 統計モデル解析ユニット専門員にして、農学博士(東京大学)

【この企画はWebナショジオ】を基調に編纂(文責 & イラスト・資料編纂=涯 如水)

統計学を駆使してさまざまな対象に切り込む“系統樹ハンター”=系統樹思考の世界=

三中信宏(08/13) >◇ 第三回 ハヤブサがタカよりインコに近かったことが示すもの=終節=◇

 いったい、こういったことは、どう考えればいいのだろう?

  「系統的な考え方、分類的な考え方、というのがあると思うんですね。僕は『思考法』と勝手に呼んでるんですけど、それぞれの思考法は使われる場面が違うんです。系統的な考え方っていうのは、例えば生物に限定するならば、それこそ時間的な発展の姿ですよね。」

   「分類というのは、ある意味、時空的にスパッとこう、切ったときの切り口のパターン。生物なら生物、言語なら言語ってオブジェクトを考えても、どういう視点でとらえてるのかという、その目線の置き方が違うと思うんです」

 三中さんによれば、「分類と系統はオブジェクトの多様性の理解を深めるための両輪」だ。両方ともないとダメで、しかし、これらは別物だ。

   「分類というのは、系統樹のツリーよりは、次元が1つか2つ下がったもののはずなんです。系統を時空的に切ったときの切り口のパターン、いわば、射影です。ある場合には分類的なとらえ方をした方が適切な場合もあるでしょうし、もう一方ではツリー、あるいはネットワークとして、時空的に変遷していくオブジェクトの姿を捉えたい時もあるわけです」

 タカとハヤブサが系統は違う。分子生物学的な研究で、これは間違いない水準だと思ってよいらしい。しかし、ある時点・ある地域の生態系を論じる時、両方とも「狩りをする鳥」猛禽類としてひとくくりに理解した方が合理的な時もある。その時、大切なのは系統ではなく、適切な分類だ。

 このあたりの議論は、素人の我々も、ざっくり理解しておくとよいのではないだろうか。

 ひとつは、系統や分類にまつわる科学ニュースを読む時に見晴らしがよくなるから。これだけでも、結構、楽しいことである。

    また、日常生活の中でも、「思考法」として、今自分が「階層やネットワークを理解しようとしているのか」「分類しようとしているのか」区別できた方がよいとも思う。

 ひるがえって、専門領域ではどうだろう。

 今、「系統分類学」の名を冠する研究室が様々な大学や研究機関にある。系統を分類にできるだけ反映させたいという欲求が、どこかにあるのだと推察する。三中さんが述べるように「系統と分類はともに大切だが、別のこと」と割り切れる研究者は少ないのかもしれないし、実際、ぼくも、分類が系統をまったく反映していないとしたら、なんだか悲しい気もする。この感覚はいったい何だろうか……。

 なお、分類と系統の関係については、まとめていて大変舌足らずだと感じるので、興味のある方はぜひ三中さんの『系統樹思考の世界』『分類思考の世界』(ともに講談社現代新書)に進んでください。ひとつ選べと言われれば、前者を推奨。

次回は“実証できない進化論ははたして科学なのか”に続く

=== 参考資料: 系統学 ===

系統学(phylogenetics)とは、生物の種の系統的な発生、つまり生物の進化による系統分化の歴史を研究する学問。種や系統群の分化と進化を研究目的とする。

研究技術として、比較解剖学、比較発生学などによって得られた形態などの情報を、統計学を駆使した分岐学などを用いて解析する。生化学的手法も古くから植物の色素などの代謝産物の比較研究が系統解析の手法として用いられてきたが、これに加えて1980年代以降は、DNAやRNAといった情報高分子の塩基配列の解析などによる分子系統学も発達してきた。

分類学( taxonomy)とは、生物を分類することを目的とした生物学の一分野。生物を種々の特徴によって分類し、体系的にまとめ、生物多様性を理解する。

分類学は、この世に存在する、あるいは存在したすべての生物をその対象とする。現在存在しない生物については古生物学が分担するが、現在の生物の分類にも深く関わりがあるため、それらはまとめて考える必要がある。実際には、個々の分類学者はその中の特定の分類群を研究対象とし、全体を見渡した分類体系をその対象にすることのできる人はあまりいない。

分類学は本来、進化論とは無関係であったが、現在では近いどうしを集め分類群を作成することで系統樹が作成され、分類学は進化を理解する上で重要な役割をもっている。

分類学は多種多様な生物を把握しやすいように(場合によっては造物主によるデザインを研究するという自然哲学的目的から)分類体系を作るのが初期の目的であった。進化論が提唱されて以降は、これに進化の様子を表現する目的(つまり系統学的な目的)が加わったのであるが、従来の分類を主目的とする考え方がすぐに消滅したわけではない。

系統(系統樹の枝で示される)のみでなく、進化の段階(ヘッケル流の系統樹では進化したものが上に描かれる)でも分ける考え方が続いた(例として爬虫類の1分派である鳥類を爬虫類から分ける考え方など)。

 20世紀半ばに、従来の分類学の考え方に恣意的あるいは不正確な点が多いとして、それに代わる表形分類学と分岐学(分岐論)の2つの考え方が提唱された。

表形分類学(phenetics)とは、生物の多くの形質を同時に比較し、近いもの・遠いものを定量的に明らかにする考え方である。これは分類を客観的に行うことに主眼を置き、進化系統は必ずしも考慮していない。

この考え方は現在はあまり重視されないが、分子系統学は塩基配列などの表形分類的な比較から始まっている(現在は分岐論的あるいは種々の統計学的方法も用いている)。

一方、分岐学(cladistics)とは、進化に伴う分岐パターンを正確に明らかにしようとする考え方で、(分岐分類学という言い方もされるが)どちらかといえば系統学の方法論である。これは生物の多くの形質を同時に比較する点では表形分類学と共通するが、想定されるいろいろな進化の道筋から、分岐回数がなるべく少ないものを正しいと考える(最節約の原理)のが特徴である。

この考え方はその後次第に分類学にも取り入れられ、恐竜など化石生物の研究で主流となっている。現在では特に分子系統学に基づく分類においても重要な考え方である。・・・・・・明日に続く

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=上記本文中、変色文字(下線付き)のクリックにてウイキペディア解説表示=

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森のなかえ

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