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Channel: 【 閑仁耕筆 】 海外放浪生活・彷徨の末 日々之好日/ 涯 如水《壺公》
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霊長類学者_D.フォッシーの学究達=176= /カリソケ研究所(02/mn) 

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世界に800頭ほどしかいないマウンテンゴリラ、ルワンダ共和国には約500頭が生息

1967年にダイアン・フォッシーが設立した「カリソケ研究所」はゴリラ研究で世界的中心のひとつ

映画「愛は霧のかなたに」や、自著『霧のなかのゴリラ』で世界中で認知される 

設立から約半世紀がたつ今なお、D.フォッシーの情熱が受け継がれる

【この企画はWebナショジオ_“日本のエキスプローラ”/研究室にいって来た”を基調に編纂】

(文=川端裕人/写真=川端裕人 & イラスト・史料編纂=涯 如水)

◇◆ カリソケ研究所(02) / マウンテンゴリラ ダイアン・フォッシーの後継者たち ◆◇

◆ 第1回 マウンテンゴリラの赤ちゃんがかわいすぎる件 =2/3= ◆ 

ぼくはルワンダの首都キガリに飛行機で到着すると、そのまま2時間ほどのドライブで現地に入り、翌朝にはマウンテンゴリラの群れと会っていた。スサ・グループと呼ばれる35頭からなる大きな群れで、双子の赤ちゃんがいるのと、3500メートル近いかなりの高度のところを遊動することで知られている。そして、最初にぼくを出迎えてくれたのが、その双子ちゃんたちだったのだ。

 人生初の野生ゴリラ体験が、双子ベイビーのお出むかえ、というのは実についている!

 期待した通り、間近にみるマウンテンゴリラたちは、実に魅力的な生き物だった。

 群れの中心であるシルバーバック(成熟した雄で、背中が白銀色になる)は、巨大にして悠然、群れ全体を気にかけつつ、手近な植物に手を伸ばし美味しそうに食べていた。特にぱりぱりと音のするジャイアントセロリは美味しそうだ。一段落するとごろりと横になって、リラックスする。

 まだ乳児の赤ちゃんがいる雌は、常に抱きかかえ、授乳したりしつつも、やはり、マイペースで手の届くものを食べている。

 乳離れしているコドモや、ワカモノは、じゃれあい、ぐるりんとでんぐり返したり、レスリングしたりしつつ、なんだか楽しそうだ。

 聞いた通り、読んだ通りの光景が、本当に当たり前のように展開されていて、ああ、ゴリラって本当にこうだったんだと感慨を抱いた。やっぱり、読むと見るでは大違い。シルバーバックが放つ、つんと鼻につく芳香も、トゲのある葉を手でうまく折りたたんで口に入れるやり方も、ああこれなのか、と納得した。

 と、断片的に自らの「納得」を書き連ねても、野生のゴリラについてのイメージは伝わりづらいかもしれないので、これまでに分かっている(というか、ぼくが本などで読んで知っている)マウンテンゴリラについての知見をまとめておく。

繁殖をめぐるオスの闘争以外は、おおむね穏やか。 基本的に植物食で、果実よりも葉や根に依存する度合いが大きい。 成熟したオス(シルバーバック)は体長180センチ体重180キログラムにも達する。一方、メスは160センチ、100キログラムどまりで、霊長類の中でも極端な「性的二型」を示す。 1頭のシルバーバックを中心に「家族」のような群れをつくる。2頭以上シルバーバックがいる「複オス」の群れをつくることもある。 複オス群の場合、優位のシルバーバックだけが繁殖の権利を持っている。 メスの妊娠期間は8ヶ月半ほどで、その後、2、3年にわたって授乳する。その間、妊娠はしない。出産間隔は3年から4年。 父親は子どもの遊び相手になる。絡みついてくる子どもをあやしたり、レスリングの相手になってやったり。

 等々。

 さて、ぼく(たち)はなぜこのようなことを知っており、かくも簡単に彼ら彼女らの姿を見ることができるのか。

 それは1960年代にはじまる、この地域でのゴリラ研究の歴史があるからだ。いや、極論すれば、ある特定の人物に行き当たる。

 ダイアン・フォッシーだ。

 シガニー・ウィーバーが主演した映画「愛は霧のかなたに」で彼女をご存じの方も多いのではないだろうか。あるいはフォッシー自身の著書『霧のなかのゴリラ―マウンテンゴリラとの13年』を通して。

・・・・・・明日に続く・・・

■□ 参考資料: ダイアン・フォッシー/Dian Fossey, 概論 (2/3) □■

コンゴでの調査 :

リーキーが講演旅行でケンタッキーを訪れた時にフォッシーは再会し、論文が掲載された雑誌を見せた。リーキーはフォッシーのマウンテンゴリラに寄せる関心を覚えていた。最初の出会いから三年後、リーキーはジェーン・グドールチンパンジー調査と同様の調査をマウンテンゴリラに対して行うことをフォッシーに提案した。8か月かけてスワヒリ語霊長類学を学んだ後、フォッシーは1966年にナイロビに到着した。リーキーの助力で資金と食料と、キャンバス地のランドローバーを手にした。コンゴに向かう旅の途中、ゴンベ渓流国立公園に立ち寄ってジェイン・グドールのチンパンジー観察の手法を見学した。写真家のアラン・ルートの助けでヴィルンガ山地での調査許可を手に入れ、1967年にカバラで調査を開始した。山の上の森林に囲まれたキャンプ地を選び、月に一度だけ麓の村まで二時間車を運転して食料を補給した。

当初、フォッシーはゴリラの群れに接近することが出来なかったが、ゴリラの行動の真似をすることで接近に成功した。後に、自閉症の小児を相手にした作業療法の経験が役に立ったと語っている。ジョージ・シャラーと同様に、ゴリラの鼻紋によって個体識別を行った。

フォッシーがコンゴに来たのは混乱の最中であった。1960年にベルギーから独立し、1965年には軍事クーデターが勃発した。その後も戦闘が頻発し、1967年には兵士がキャンプに来てフォッシーを捕えた。フォッシーは脱出してウガンダに逃れた。ウガンダ政府にはコンゴに戻ることを反対され、リーキーの助言によって、ヴィルンガ山地ルワンダ側で調査を再開した。

ルワンダでの保護活動 :

1967年に、フォッシーはルワンダの3000mの高地に、25平方キロの広さからなるカリソケ研究センターを設立した。この地のゴリラは人間にまだ慣れてなく、ゴリラに接近するには長い時間を要した。センターへの道は1.8mもの草に覆われ、センターは暗く冷たく泥に覆われ、多くの学生は当地での研究をあきらめた。

密猟に対する反対運動 :

ヴィルンガ山地では狩猟が禁止されていたが、公園保護官の給与はフォッシーの雇った現地スタッフよりも低く、賄賂で密猟を黙認することが多かった。フォッシーは公園保護官の命令でゴリラの幼児が捕えられるのを三度目撃した。大人のゴリラは命がけで子供を守るため、そのたびに10頭以上のゴリラが殺されることが多かった。フォッシーは保護基金を設立して資金を集め、スタッフを雇って見回り、密猟者の罠を多数破壊した。その間、ルワンダの正規の公園保護官は手出しをしなかった。フォッシーが見回らなかった公園の東側では、密猟者は象牙を求めて象を狩り、ゴリラを殺し続けた。フォッシーは密猟者の逮捕にも協力した。

1978年、ドイツのケルン動物園に贈られるため、二頭の若いゴリラが捕えられ、その際に20頭の大人のゴリラが殺された。負傷した二頭のゴリラは公園保護官の要請でフォッシーに預けられて治療された。だがフォッシーの抗議にも関わらず、二頭はドイツに送られ、9年後に死亡した。

当初、フォッシーの調査対象のグループのゴリラは密猟対象にならなかったが、1978年になると幼児および大人のゴリラが密猟者によって殺された。観光促進を求める人々と、フォッシーの間には次第に対立が生まれて行った。

野生動物の観光に対する反対 :

ゴリラは人間の伝染病に免疫を持たないことが多かったため、フォッシーは野生動物の観光に反対した。伝染病によるゴリラの死を報告し、観光は自然に対する干渉であると非難した。動物保護団体が主催する観光にも反対し、調査を妨害しゴリラの生活の平和を侵害するものだと非難した。 ・・・・・・明日に続く

◆ Dian Fossey Narrates Her Life With Gorillas in This Vintage Footage ◆

動画のURL: https://youtu.be/-7caGCKECO4

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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽  憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・

森のなかえ

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