カメルーン南東部のピグミー系狩猟採集民―研究しようと足を踏み入れた
目を奪われ、魅了されたのは、異質な独自の文化を持つ子どもたちの「遊び」だった
大人たちとは異質で豊かで深遠なる楽しい世界に、我知らず深入りしてしまった
愛知県立大学 アフリカ文化人類学 亀井伸孝
【この企画はWebナショジオ_“日本のエキスプローラ”/研究室にいって来た”を基調に編纂】
(文=川端裕人/写真=藤谷清美、(アフリカ=亀井伸孝) & イラスト・史料編纂=涯 如水)
◇◆ 亀井伸孝 : 第一節 めくるめく遊びの世界 ◆◇
「ノブウ、ゴイ!」(ノブウ、行くぞ!)と子どもたちが誘う。
誘われるがままに、子どもたちについて森の中へ入る。
そこで始まるのは、子どもたちの遊び。大人たちの真似をして、弓矢で獲物を狙うかと思えば、すぐにころっと気が変わって、キノコを探し始めたりする。
釣り竿を持って意気揚々と出かけたかと思うとミミズ掘りに熱中したり、たまに魚が釣れると蒸し焼きにしてみんなで分け合ったり。
様々な植物の枝や葉でドーム型の家屋を創り上げる大人をまねて、その辺にある木の枝をナタで切り落とし小屋を作ってみたり。
最近、集落でも時々見られるようになった自動車を模して、下り坂に棒をいくつも並べてその上を滑り降りるソリのような遊び「モトゥカ」に打ち興じたり。
これは、アフリカ中部・カメルーンの森の中の集落で、ノブウ、こと、亀井伸孝さんが体験した日常の風景。文化人類学者である亀井さんは1996年から98年にかけて、ピグミー系の狩猟採集民バカの集落に滞在した。
集落の子どもと行動を共にするうち、目の前に現れる数々の遊びに目を奪われ、魅了された。自然とフィールドノートは、「遊び」にまつわることでいっぱいになっていったという。
参与観察という研究方法だ。自ら、同じことを体験しつつ、観察するというスタイル。
「いわば、子どもたちの世界に弟子入りして教えてもらったんです」と実に楽しそうに言う。
「子どもがキャアキャア言いながら森の中を転がるように駆けていくのを、私もちょっと転んだり擦りむいたりしながら一緒に行くと、ああ、こんなとこに小川があったのとか、ここに実は罠の針金を隠してあるんだとか教えてくれるわけです。そういうのってやっぱり子ども達についていかないとわからない。計画的に調査しているわけでなく、もうその魅力に惹かれるまま、ずるずるっと深入りしていった感じですね」
アフリカ・カメルーンのピグミー系狩猟採集民の参与観察研究。
書いてしまうと字面はいかめしい。しかし、テーマはなにしろ「子どもの遊び」である。研究について伺ううちに、亀井さん自身が紅潮し、みずからの子ども時代の楽しい思い出を語るようにすら見え始め、聞いている側にも伝染してどんどん楽しい気分になる不思議なインタビューとなった。
亀井さんが所属する愛知県立大学のキャンパスは、愛知万博の会場となった長久手にある。広々とした真新しいキャンパスを横切って、研究室に足を踏み入れた瞬間、肩すかしをくらったような感覚を抱いた。ごく普通に書架があり、アフリカ関連の書籍が並んでいるのは予想の範囲内。現地で手に入れたというアフリカ地図の織物も掲げてある。
でも、「それだけ」なのだ。子どもの遊びの研究をしてきたわけだから、伝統的な遊具や、狩猟の遊びで使う弓矢などが飾られているのではないか、と想像していた。
「そういうものがあれば、わたしも持って帰りたかったんですけどね」と亀井さんは言った。
「でも、遊びの道具も、即席で作って、飽きたら捨ててしまうものばかりなんです。たとえば、サッカーをするのだってバナナの葉っぱをグルグルッと蔓でゆわいて、それで蹴り合うわけですよ。ほどけてきたら、ちょっとまた巻き直して使って、というふうに。遊び終わったら、捨てておしまい」
結局、モノではなく記録、そして、記憶。亀井さんの研究は、現地の子どもたちの遊びの中にあるきらきらした記憶に彩られているようだ。
バカは、カメルーン南東部の赤道近い熱帯雨林に住んでいる。
手近に調達できる枝や葉を使いドーム状の簡易家屋を建てて暮らし、時期が来ると移動して、また別の場所にしばらく居着く、というライフスタイルを取ってきた。
もっとも、最近では政府により定住が推奨されており、狩猟が行いにくい雨季には農耕民の集落の近くに定住しつつも、乾季になると森の中に「消えていく」という。亀井さんも、調査の初期、キリスト教会が作った小さな学校を拠点にしていて、子どもたちが「消える」のを体験したそうだ。
・・・・・・明日に続く・・・・
■□参考資料: ピグミー (Pygmy) (1/2) □■
ピグミー (Pygmy) は、中央アフリカの赤道付近の熱帯雨林に住む狩猟採集民である。特に身長が低い(平均1.5メートル未満)という顕著な特徴を持ち、人種学的にはネグリロ (Negrilo) と呼ばれる。現地ではバヤカとも呼ばれる。ピグミー(バヤカ)は大きく分けて、大湖地域のトゥワ、コンゴ盆地の東部イトゥリの森に住むムブティ、西部のアカやバカがいる。小さなグループも多い。
アフリカのピグミーにはムブティの他にアカ、バベンゼレ、バカ、ビンガ、エフェ、トゥワ、ウォチュアなどが有る。中央アフリカ共和国では、身長に対してだけなく、部族そのものについて、ピグミーではなく『バヤカ』という呼称が好まれている。ピグミーの中には固有の集団名(たとえばバカやムブティ)でなく、「ピグミー」という用語で呼ばれることを、侮蔑的だと受け取る向きも有る。
ピグミーの起源
ピグミーは様々な民族名を持ち、それぞれ異なる言語を話す。しかし、その一方で、ひとまとまりの存在と見なされてきた。その理由は、一つに小柄という顕著な身体的特徴であり、もうひとつは文化的な共通性である。しかし、一部の研究者は様々な根拠から、異なる起源を持つ集団ではないかと異論を提出している。
彼らは共通祖先の形質を継承したからではなく、熱帯雨林における狩猟採集生活という環境が自然選択として働いた結果、似たような身体に収斂したとする。もし、そうだとすると、ピグミーという言葉で複数の集団をまとめる事に問題が生じる事になる。
人種的特徴
ピグミーを総称した人種概念をネグリロ (Negrillo) と呼び、次のような特徴的な形質を有するとされる。
平均身長が150cmに満たない。他の黒人ほど肌の色は濃色ではない場合がある。体は筋肉質で胴は長くて太く、腕は長く足は短い。頭部が大きい。 髪質は細くちぢれていて体毛は毛深い。また、ブッシュマンやホッテントットといったカポイドにも見られる「脂臀」といわれる特殊な形質が女性にあらわれる事がある。
ネグロイドの下位区分とされるが、その特徴的な形質からさらに独立した人種とされたり、カポイドの集団と近縁ともされることもあるが、カポイドは突顎が弱く長頭が多いなどいろいろ異なる点が多い。
かつては東南アジアの小さな体をもつ狩猟採集民(フィリピンのアグタ族 (Agta) とバタク族 (Batak)、マレー半島のセマン人 (Semang)、アンダマン諸島の先住民など)と含め「ネグリト」と呼ばれ、フランスの人類学者カトルファジュは、両者を南インドを起源とする一つの人種であると捉えたが、東南アジアのネグリトは皮膚の色がより濃く、体毛が薄く、突顎が著しくないという形質的な違いがあり、少なくとも1960年代後半にはすでに別系統説が強くなっていた。現在は遺伝学的に近縁でない事がわかっており、東南アジアのネグリトはオーストラロイドに属するとされる。
◆ 即興声楽 森の小人ピグミー族が奏でる人類が創造した最高の音楽 ◆
・・・https://youtu.be/qybUb1JpT8I・・・
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森のなかえ
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