○◎ Great and Grand Japanese_Explorer ◎○
○ 北極・南極、アァー 素敵な地球のはて =田邊優貴子= ○
= WEB マガジン ポプラビーチ powered by ポプラ社 より転載 =
◇◆ 旅に出る理由 = 2/4= ◇◆
それから私は、毎日のようにワンダーレイクとマッキンリーが見渡せる小高い山の上に登って、その全貌が現れるのを待ち続けた。 が、マッキンリーの山頂まですべてに雲がかからない日はなく、必ず山全体のどこかが雲のなかに隠れていた。 そして、あっという間に2週間が過ぎ、私はアラスカを発って帰国しなければならない日になってしまった。
デナリ最後の日、ワンダーレイクの畔に座り込み、ピンクと紫に染まった透明な空と、真っ赤に染まった原野をただひたすら見続けた。 その光景は、いつまでたっても見飽きることはなかった。
陽がだいぶ傾きだしたころ、ツンドラの起伏の中から一頭のムースが現れ、湖に入っていった。 脚の途中まで水のなかに浸かり、ムースはゆったりと水を飲み始めた。 あんなにも大きなムースが、その原野の広がりのなかではあまりにも小さかった。 その姿は、斜めから差し込む光でキラキラと反射していた。 燃えるような赤がどこまでも続く世界の中で、小さな小さなムースがこれまでより一層輝いて見えた。 時折頬をかすめる冷たい風が、もうすぐ冬が来ることを告げていた。
このアラスカでの2週間、ずっと胸がザワザワし、ずっと心が震えていた。すべてが圧倒的だった。 音もなく静かな、けれど、体全体にほとばしるような衝撃を私は感じていた。 そこにはもう、理由や意味なんていうものは何もなかった。
京都に戻ってからの私は、研究室で悶々とした日々を送っていた。 自分の将来など何もわからないままにアラスカへ行った2年半前のことをよく思い起こすようになった。 アラスカで見た風景、アラスカで感じた“理由なんてものはない”という感覚、心が震えたできごと。 自分の胸のなかにあったそれらがどんどん大きくなっていくのを日々感じていた。
しかし、その気持ちが一体何なのかもわからず、どうしていいのかわからなかった。 その頃の私にはまだ、大学時代のバックパックの旅の数々や、アラスカで感じたことを、自分のなかに吸収して何かに換える土壌が出来上がっていなかったのかもしれない。 そのうち元の暮らしに戻り落ち着いていくのだろう。そう思っていた。
今はなんとかこの現状を受け入れるように、自分に言い聞かせようとした。 どんどん大きくなる、そのよくわからない思いを必死に抑えつけた。 が、抑えれば抑えるほど、さまざまなことに対して純粋に感動できなくなり、世界を面白くないもののように感じるようになっていった。 それは、私にとってまるで心が凍ってしまったかのような日々だった。
一年近く経った頃、私はある決心をした。 ──感動や情熱を抑え込むことをやめてみよう。 たったそれだけのことだが、私にとっては大きな決心だった。 そして、時間に追われている日々の生活のなか、それがいかに難しく大変なことかもよくわかっていた。 けれど、今、とにかくそうしなければいけない、それだけは確かなことだと思った。
いつからか、私の頭の片隅には、常に生きることへの自問自答と、焦りに似た気持ちがあった。 それには、今はもう他界した母方の祖母のことが影響していた。
母の実家へ遊びにいくと、祖母はいつも座っているか寝ている状態だった。 自由に立って歩くこともできなければ、箸や茶碗を持つこともできない。 話す言葉は不明瞭であまり聞き取ることができない。 もちろん笑った表情や雰囲気でなんとなく何を言っているのかはわかるのだが。
物心ついた頃からそれがあたりまえの状態だった私にとって、特にその状況を不思議に思うことはなかった。 ただ、祖母は母が中学生の頃に“歩けなくなった”ということだけは話に聞いて知っていた。
ある時、いつだったかよく覚えていないのだが、それが遺伝性の病であることを知った。 ふとしたときに「あれって何の病気なの?」と母に尋ねたのだと思う。
病名は、脊髄小脳変性症。 運動神経にかかわる脊髄や小脳が変性する難病で、未だ根本的な治療法は見つかっていない。どうやら親から子へ、徐々に発病する確率は低下し、発症する年齢は上がり、症状は軽減する場合が多いらしい。
それを聞いたとき、“もしかしたら、私もそのうち歩けなくなるのかもしれない”という思いが湧いた。 とは言え、そのときはたいした絶望感もなく、さほど気にはしていなかった。 が、そのうち、叔父たちの症状が悪化し、いつしか母にもその症状があらわれはじめ、徐々に生きるということへの虚無感のようなものと焦りが私につきまとうようになっていた。
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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽 憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・
森のなかえ
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