○◎ Great and Grand Japanese_Explorer ◎○
○ 北極・南極、アァー 素敵な地球のはて =田邊優貴子= ○
= WEB マガジン ポプラビーチ powered by ポプラ社 より転載 =
◇◆ 旅、旅、旅 = 1/3= ◇◆
2010年11月も終わろうとしているある日のこと。 街路樹はすっかり落葉し、冷たい風が吹いていた。 もうすぐ冬がやってくる。立て続けに行った南極と北極での感覚がやっと抜け、東京の街の流れの速さにほんの少し慣れてきて、もとの暮らしに戻りつつある頃だった。
三鷹の自宅へ帰ると、郵便受けに一枚の絵葉書が入っていた。 見慣れない切手。 消印には、“Jalalabad”という文字。 消印の日付を見ると、2か月近くも前に投函されていた。 アフガニスタンからの葉書……名前を見るまでもなく、私の頭の中に送り主の顔がすぐに浮かんだ。 それは高校時代からの親友。 彼女は10か月ほど前に、仕事でしばらく滞在していたスーダンからアフガニスタンに移り、そのままアフガニスタンで働いていた。
ちょうど私が南極から日本への帰路についているさなか、砕氷船しらせの中で“アフガニスタンに行くことになった”というメールを受け取った。 南極から帰ったら、休暇をとってアフリカに会いに行く約束をしていたのだが、新しい行き先を見てさすがに会いに行くことはできないと知ったのだった。
出会った頃、高校生だった私たちは、お互いに見知らぬ世界への漠然とした憧れを抱いていた。 高校を卒業し、私は京都、彼女は東京へ移り、二人とも大学の講義などそっちのけで、それぞれバックパックを背負って世界中を旅して回った。 一人で旅をすることもあれば、現地のどこかで待ち合わせて二人で旅をともにすることもよくあった。 彼女はアフリカやアジアの世界へ飛び込んでいった。 それは民族や社会、人間そのものへの興味だったのだろう。 そして私はカナダ、アラスカ、北欧……極北の大いなる自然に強く惹かれていった。
惹かれる対象は違っていたが、そのころから二人とも求めていたものは同じで、今だってもしかするとあまり変わらないのかもしれない。 それは、私たちの現実である日常と並行して流れている他の何か、自分たちの心や存在そのものを動かし揺さぶるような絶対的な何か、確かな何か。 そんな、自分が今生きている日々の暮らしの中では決して見えてこないものごとが存在する世界を求めていたのだろう。
私はアフガニスタンから2か月もかけて届いた葉書を読みながら、その親友とともに旅したペルーでのある夜のことを思い出していた。 それはもう15年前、私が19歳の夏だった。
私たちはその旅の中で、ペルーとボリビアにまたがったアンデス山脈の中部、標高3800メートルほどに位置するチチカカ湖に浮かぶ小さな島を訪れ、あるケチュア族の島民の家に泊まることになった。 その夜、家の主人から「今夜は向こうの丘でお祭りをやっているから、見に行ってみたらどうだい?」と促され、私たちはその祭りを見に行くことにした。
ロウソクを片手に部屋の扉を開け、外へ出たその瞬間、目の前に広がる光景に息を飲んだ。 月明かりもない真っ暗闇の中、天上に覆いかぶさる満天の星空がそこにあった。 それは、ここからそのまま別の星へ旅立ってゆけそうな近さで迫っていた。 言葉を失い、ただただ私はその場に立ち尽くした。 ふと隣を見ると、親友もまったく同じ状態で呆然と星空に見とれていた。
島には電気は通っていない。 近くに大きな町もない。 そして標高は3800メートル。 しかもその日は新月だった。 恐ろしいほどの真っ暗闇の中、おぼつかない足取りで歩き出すと、前後左右上下の感覚がわからなくなりそうになる。 まるで宇宙に放り出されたような気分だった。
遠くの丘の上から、祭りの音、村人や子どもたちの声が聞こえてくる。 ──そうだ。 そう言えば、祭りを見に行くんだった。
「どうする? 行く?」 「いや、ここにいよう」 暗闇の中、私たちは地面に座り込み、その信じられないような星空を見続けることにした。
ただ無言で星空を眺めて、1〜2時間も経ったろうか。 親友が小さな声でボソッと話した。 「インカ帝国の遺跡とか、インカ道とか、ケチュア族の暮らしとか、古い町並みとか、いろいろすごいものを見てきたよね……でも、今回の旅の中で、何よりもこの星空に一番感動したよ」
私もまったく同じ感覚だった。 生まれてから19年間。 ほとんどの時間を青森で過ごし、高校卒業後に暮らしはじめた京都でごく普通の大学生だった私にとって、その旅で出会ったのは本当に真新しい出来事、風景ばかりで、毎日が驚きや感動の連続だった。 日々嬉しくて、面白くて、興奮して、ワクワクして、あっという間に3週間が過ぎていった。 それでも、今目の前に広がる、信じられないほど無数の星がまたたくこの空にかなうものは何もなかった。 こんなにも心が震えることはなかったのだ。
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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽 憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・
森のなかえ
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