○◎ ◎○
○ 北極・南極、アァー 素敵な地球のはて =田邊優貴子= ○
= WEB マガジン ポプラビーチ powered by ポプラ社 より転載 =
◇◆ 季節の在り処 = 2/3= ◇◆
そんなトナカイ親子の様子を見ながら、ふと、1週間前まで滞在していた仲間の研究者の話を思い出した。 彼はチョウノスケソウの成長や一日の花の動きを観察するために、チョウノスケソウの花畑がある斜面に定点カメラを設置してインターバル撮影をしていた。
約2週間撮影したデータを後でパソコンに取り込んで画像を確認したところ、途中、満開の花畑の中にトナカイが写りこんで、その次の画像では辺り一面に咲き乱れていたはずのチョウノスケソウが完全に消えてなくなっていたということだった。
「いや〜、トナカイに全部食べられちゃいましたよー……」 残念そうに事の顛末を話す彼には申し訳なかったのだが、トナカイの行動を想像すると可笑しくて、みな笑ってしまったのだった。
確かにツンドラを歩いていると、トナカイが通ったあとには美しい花畑がすっかり消え去っているのをよく見る。 とは言っても、この広い原野の中で、よりによってカメラを設置した場所にトナカイがピッタリとやってきて、しかも撮影対象物をきれいさっぱり食べてしまうとは、設置した本人もさすがに予想しなかったのだろう。 けれど、観察するのにもってこいの立派な花畑だなと人間が感じる場所は、きっとトナカイの目から見ても魅力的で美味しそうな花畑なのかもしれない。
トナカイ親子に出会ってから海岸線を歩くこと約1時間半。 ついに、目指していたバードクリフと呼ばれる断崖絶壁が見えてきた。 よく目を凝らしてみると、その断崖と海の間を行き交う海鳥の姿が無数に見える。 期待がどんどん高まり、私たちは足早に歩いていった。
近づくにつれ、足の裏から伝わるツンドラのカーペットの感触がよりフカフカに、より鮮やかな黄緑色になっていく。 その中には、小屋の周辺では見たことのない、黄色いキンポウゲや可憐な花がいくつも咲いていた。 昼下がりの太陽がちょうど崖のほうから差しこみ、逆光で黄緑色が艶々と反射していた。 時折、もう成鳥と同じくらいの大きさにまで育ったユキホオジロのヒナが岩と岩の間を歩きまわっているのが見える。 フワフワの羽毛が少し抜け落ちて、その下から成鳥の羽が見え始めていた。
断崖絶壁の真下までは、その断崖よりはやや緩やかな斜面になっている。 恐らく海鳥たちが営巣しているのは切り立った崖になっている部分だろう。 その下まではすんなりと登れそうに見えた。 が、いざ断崖の直下まで近づいてみると、比較的緩やかそうに見えたその斜面は、意外と急勾配であることがわかった。
鮮やかな緑色をしたコケがところどころに張りつくように生えていて、足をかけると今にも岩が崩れてしまいそうな雰囲気だったので、私たちは背中に担いでいたザックをその場で下ろし、空身で斜面を登ってみることにした。 恐る恐る登っていったが、フカフカの分厚いコケのマットが岩と岩の隙間にしっかりと生えているおかげでクッションのようになり、想像したほど危険というわけでもなさそうだった。 しかし、いつ崩れてもおかしくないので、コケのクッションに足をかけて、両手で岩をしっかりとつかみ、這いつくばるように登っていった。
やっとのことで崖の真下まで到達したところで、少し平らになったコケのクッションの上に腰を下ろし、崖を背にして一息ついた。 さっきまで近くに見えていた海が、眼下遠くに見わたせた。海から吹いてくる風が汗ばんだ体に心地いい。 そのままコケの上に寝そべると、潮の薫りとツンドラの草が混じりあったいい匂いがした。
眩しい青空を見上げ、幸福感に満たされてボーッとしていると、突如、真横から鈍い風切り音が聞こえた。 驚いてそちらを向くと、真っ白い大きなカモメの姿がすぐ目の前に飛びこんで来た。 距離にしてほんの1〜2メートルほどだろうか、手を伸ばせば届きそうだった。 眼がギョロッと動き、目と目が合った。私はその野生の鋭い目つきに、身動きが取れず体が硬直した。シロカモメはそのまま何事もなかったように、風に乗って通り過ぎていった。
それは、高い大空を悠々と羽ばたくシロカモメと同じ目線になった瞬間だった。まるで自分も空に生きる生き物になれたような気がして、たまらなく感動した。
感動覚めやらぬまま、座りこんでキラキラ輝く海を見ていると、上空に海鳥の群れが数多くいるのに気づいた。 その様子をじっと観察していると、ひときわ不器用に一生懸命翼をばたつかせている鳥が何羽かいるのが目に留まった。 なんて飛び方の下手な鳥だろう。
しばらくすると、その鳥がバタバタとこちら側に向かって羽ばたいてきた。 近づいてくるにつれて、その姿が鮮明になった。 くちばしと足が鮮やかなオレンジ、口元にはハート形をした真っ黄色の飾り、体は白と黒。なんとも派手で、飛ぶのが下手なその鳥の正体はパフィンだった。
崖を目指して一直線に飛んで来たパフィンは着陸しようとした。 が、その瞬間、うまく着地できず、体勢を崩しそうになりながら方向転換してまた海に向かって一目散に飛んでいった。 そしてバタバタと羽ばたきながらなんとか海まで行くと、また旋回して、こちらに向かって来た。 今度こそ無事に着陸成功……するかと思いきや、またもや失敗し海に向かっていった。
この一連の行動を3回ほど繰り返し、やっとのことでパフィンは崖への着陸に成功したのだった。 そのあまりに滑稽で可笑しい行動の一部始終に、私は崖の真下で笑い転げてしまった。
前節へ移行 : http://blog.goo.ne.jp/bothukemon/e/fe289065c07cafe8d9c6d2f4f0d874c1
後節へ移行 : http://blog.goo._not-yet////
----------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい--------------
【壺公夢想;如水総覧】 :http://thubokou.wordpress.com
【浪漫孤鴻;時事自講】 :http://plaza.rakuten.co.jp/bogoda5445/
【疑心暗鬼;如水創作】 :http://bogoda.jugem.jp/
下線色違いの文字をクリックにて詳細説明が表示されます=ウィキペディア=に移行
================================================
・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽 憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・
森のなかえ
================================================