○◎ Great and Grand Japanese_Explorer ◎○ :12pt太字黒色
= WEB マガジン ポプラビーチ powered by ポプラ社 より転載 =
◇◆ 季節の在り処 = 1/3= ◇◆
北極の短い夏がもうすぐ終わりを告げようとしていた。日に日に太陽の高度が下がってきている。太陽はまだ沈まないが、深夜になると山々が赤みを帯びた色に染まる光景に変わってきた。 ニーオルスンに来て1か月が経とうとしている。調査もほとんど終わり、もうあと数日でここを後にしなければならない。
クロワッサンとホットチョコレート。朝食をすませて食堂の外に出ると、なにやら辺りが騒然としていた。 低い雲なのか霧なのかわからない灰色のベールが微かに立ちこめた空に、20羽くらいいるだろうか。 キョクアジサシの群れが渦を巻くように、ある一点を集中的に旋回している。 賑やかな鳴き声がそこら中に響きわたり、その様子はまるで空中に立ち上る竜巻のようだった。
何事だろう? 近寄ってみると、竜巻の下にはホッキョクギツネの姿があった。 餌を探しに、キョクアジサシの巣の周辺をうろついているのだろう。 せっかく大きくなってきたヒナを守ろうと必死のキョクアジサシたち。しかし、そんなキョクアジサシの束になった猛攻撃にもひるむことなく、こんなことは日常茶飯事と言わんばかりにホッキョクギツネは飄々と、お目当てのヒナを探している。
その様子をしばらく見ていると、どうやら諦めたのか、少し身の危険を感じたのか、ホッキョクギツネはその場を去っていった。 そこから村の中心部へ向かってなんとなく散策していると、今はどこの国も使っていない小屋の玄関の前に、ホッキョクギツネがたたずんでいた。さっきのキツネだろうか。
少し離れたところからその姿を見ていると、小屋の玄関の下で何かがひっきりなしに動いている。 それは突然飛び出してくると、玄関の上に元気よく駆け上がっていった。3匹のホッキョクギツネの子どもたちだった。もうかなり成長しているのだろう、親ギツネの3分の2くらいの大きさになっている。 しかしまだまだ表情は幼く、親ギツネにくっついたり、子どもたち同士で駆けまわったり、じゃれ合ったり、無邪気に遊んでいる。
ふわふわの柔らかそうな毛に、雲の切れ間から斜めに差し込む朝の光が当たり、輪郭が浮かび上がっていた。 親ギツネは穏やかな表情でそれを見守っている。 もうすぐ夏は終わり、巣立つときが近づいている。
小屋の奥には大きな水たまりが見えた。 おそらく、そのほとりがねぐらになっているのだろう、100羽ほどのグース親子の群れが集まっている。 その向こうには、海を挟んで氷河がドンと海に落ちこんでいる。 水たまりがキラキラと光輝いていた。
小屋に帰り、少しずつ荷物の整理と片づけをしていると、低く垂れ下がっていた灰色のベールがすっかりどこかへ消えてなくなり、雲ひとつない青空が広がった。 ここ最近は、霧や曇りだったり、小雨が降ったり、風が強く吹いている日が続いていた。 朝のうちに天候が良くても、午後からは雲に覆われることも多く、気温も少しずつ下がってきている。
今日は一日中、せめて夕方までは確実に快晴が続くだろう。 もうこんな好天の日はないかもしれない。 私にはどうしても行ってみたい場所があったが、一日がかりになってしまうため、なかなか行けずにいた。
片道3時間、小屋から海岸沿いに西北西へ歩いたところ、半島の先端近くにそれはあった。 バードクリフと呼ばれる断崖絶壁。 パフィンやウミガラス、シロカモメなど、さまざまな海鳥の一大営巣地になっている場所だ。 しかも、そのバードクリフの真下には信じられないほど緑鮮やかでフカフカの草原が広がっていて、小屋の目の前に広がる東ブレッガー氷河後退域のツンドラには棲息していない種類の花も咲いているという話だった。
「今日しかない!」 「うん、そうだね。 行ってみよう!」
同じくバードクリフに行く機会をうかがっていた仲間と二人で出かけることにした。 私たちは紅茶を入れたテルモスの水筒に、チョコレート、防寒着、GPS、双眼鏡、カメラのレンズをザックに詰めこみ、ライフルを持って外へ出かけた。
小屋の外へ出ると、まぶしい太陽が目に飛びこんできた。 やわらかな風が吹いている。 屋根の上からユキホオジロのさえずる声が聞こえてきた。 ヒナはもう、だいぶ大きくなっているのだろうか。
小屋から西へ向かい、川を渡り、海岸を見下ろしながら歩いてゆく。 1か月前にあんなにも咲き乱れていたチョウノスケソウもすっかり輝きを失い、白い花びらはほとんど見当たらなくなった。 まるで閃光のように咲きほこり、短い夏とともに終わっていく。
周りの雄大な景色にばかり気を取られていると、たぶん気づかずに通り過ぎてしまう。 そんな、ともすると見過ごしてしまいそうなほどに小さく足下に咲いている花で、もうすぐ夏が終わることを、確実に時間が流れていることを、季節が移り変わっていることをはっきりと実感する。
起伏を越えると、トナカイの親子が地面に顔をつけて植物をムシャムシャと食べている姿が見えてきた。 親子はずっと寄り添って餌を探し、ひたすらに食べながら歩いている。近くを通ろうとすると、子どもが口をモグモグさせながら不思議そうにこちらを向いた。 その口の周りには黄、白、緑、オレンジ、色とりどりの花や葉がくっついていて、とても微笑ましくてついつい吹き出してしまった。
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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽 憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・
森のなかえ
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