○◎ Great and Grand Japanese_Explorer ◎○
○ 北極・南極、アァー 素敵な地球のはて =田邊優貴子= ○
= WEB マガジン ポプラビーチ powered by ポプラ社 より転載 =
◇◆ 旅をする本の物語 = 1/3 = ◇◆
「あの本、北極点の旅へ連れて行くことになったよ」 友人からのEメールが届いた。 6年前のある日、自宅に海外からの小包が届いた。 送り主は大学時代からの友人T。 彼は当時、タイの大学で博士課程に通っていた。 箱を開けると、手紙と、カバーもなく少しボロボロになった一冊の文庫本。
手紙には、 “バンコクの古本屋で見つけました。 この本をアラスカの旅に連れて行ってあげてね” と書かれてあった。 本のタイトルは『旅をする木』。 極北の自然を撮り続けて、1997年にカムチャッカでクマに襲われて亡くなった写真家・星野道夫さんの著書である。
私は彼の写真が好きで、なかでも、逆光の中でカリブーの群れが川を渡る写真がとりわけ好きだった。 初めて見たのは、中学生の頃だったろうか。 勢いよく川を渡っていくカリブーのシルエットが逆光で浮かび上がり、彼らの息づかい、足音や水の音が聞こえてきそうだった。
大学時代、当時住んでいた京都で、なんと写真展が開催されていると知った。 大学に入るまで、私は彼の写真を写真集でしか見たことがなかった。 私はなぜもっと早く写真展の情報を入手できなかったのかと少し悔やみ、はやる気持ちで、すぐに会場へ足を運んだ。 なにせ、高校まで青森に暮らしていた私にとって、そんな写真展がすぐ近所で開かれることなど到底考えられなかったのだ。
訪れてみて驚いた。 私の一番好きな写真が展示されているではないか。 それは写真集で見るものとはまるで違う。 大きく引き延ばされた写真にとにかく釘付けになったのを今でもよく覚えている。 写真集で見ていた小さな写真とは比べものにならない迫力に、私はその場から動けなくなった。
暗い背景にカリブーの角や体が光で縁どられ、彼らが全身で作りだしたキラキラと輝く水のしぶきは、まるで一面にちりばめられた無数の星のようだった。 自分は今、宇宙にいるのではないかというような錯覚に陥った。 しかもそれは無機質な宇宙ではない、とてつもなく強い生命力がその空間全体にほとばしっていたのだ。
心がザワザワして、気づくと涙がにじんでいた。 理由や意味なんていうものは、もはやなくなっていた。
それにしても、どうして友人Tは古本なんて送ってきたのか、それに、旅に連れて行ってくれとはどういうことだろう。 バンコクの古本屋にこれが置いてあったこと自体はたしかに驚きだろうが、私の頭の中は疑問だらけだった。 いっこうに謎が解けないまま、 私はその本を手にとり、何気なく表紙をめくろうとした。 その瞬間、違和感があった。
表紙に書かれてあるタイトルが何かおかしい。 タイトル文字にボールペンで一本だけ短い線が加えられており、『旅をする木』ではなく『旅をする本』になっていたのだ。 ふっと、笑いがこみ上げてきた。 誰かのいたずら書きだろうか。 裏表紙側からなんとなくページをめくってみると、そこには4人の見知らぬ名前、その横にはそれぞれ異なる国と日付が書かれてあった。
一番下には、 “⑤友人Tの名前(タイ:バンコク)06.2月 /バンコクの古本屋→インド→カンボジア→ベトナム→日本”
同じページの右端には縦書きで、 “牛田圭亮(愛知県出身)スペインCadizにて” とだけ記されてあるが、日付はなかった。 この人物がどうやらこの本の最初の持ち主のようだった。 そのままパラパラと逆向きにページをめくると、表紙の裏の左端にメッセージが書き込まれているのが目に入ってきた。
“この本に旅をさせてやって下さい”
最初にこれを買った牛田圭亮という人物は、日本からスペインへの旅に、この「旅をする本」を連れて行ったのだろう。 その後、様々な国と人の手を通じて、タイの古本屋に売られたのか、もしくは4人目の人物が勝手に古本屋の片隅に置いたのか。 それをたまたま古本屋で見つけた友人Tが近隣諸国への旅に連れて行き、当時、京都にいた私に送ってきたのだった。
なんて粋なことをする人がいるのだろうか。 自分がまったく見知らぬ、そしてこれからも決して出会うことがないであろう人たちのもとをわたり歩き、たくさんの偶然が重なって、今まさに、私のもとにこの本がたどり着いた。 私はその本を両手でしっかりと握り、額にくっつけてみた。 少しボロボロの裂け目、折れ跡、汚れから、この本がこれまで旅し、見てきたいくつもの物語、遠い異国の気配を感じた。 そして何よりも、偶然というものへの限りない不思議さを感じていた。
本を受け取ったころ、私はちょうど引っ越しの準備をしていた。数週間後には京都の家を引き払い、東京へ引っ越さなければならなかったのだ。 9年間暮らした京都を離れて東京へ向かうのは、18年間過ごした青森を離れて京都へ行くときよりも、自分の人生の中で大きな転機だった。 これから何かが動きだす、そんな気がしていた。
私は部屋の中で山積みになっていた引っ越しの段ボールの中にこの本を入れずに、いつも持ち歩くかばんの中にそっとしまいこんだ。
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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽 憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・
森のなかえ
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