○◎ Great and Grand Japanese_Explorer ◎○
○ 北極・南極、アァー 素敵な地球のはて =田邊優貴子= ○
= WEB マガジン ポプラビーチ powered by ポプラ社 より転載 =
◇◆ ユキドリの舞う谷 = 2/3 = ◇◆
私はマイク付きのヘッドホンを装着し、これから約1か月間、野外調査のベースにする「雪鳥沢小屋」近くの着陸地点をパイロットに指示をした。 このヘッドホンがないと、エンジンの爆音でコミュニケーションを取ることができない。 指示通りの地点でヘリコプターは徐々に高度を下げ、何度か地面の状態を確かめながら上下し、前後左右に微妙な移動を繰り返したあと、小屋から100メートルほど離れた少し平らな砂地にゆっくりと着地した。 安堵感と嬉しさで、一緒に乗っていた仲間と握手を交わした。
ヘリコプターの外へ出て、ついに南極大陸に降り立った。
約1か月ぶりに踏みしめる陸地。 これから自由に自分の足でどこへでも動き回れるかと思うと、とにかく嬉しくて走り出したい気持ちだった。
しかし喜びもつかの間、天候が急変する前に、山のような積荷を降ろしてしまわなければならない。 多めに用意した約4~5人分の食料、各自の研究機材、装備などを含めて約2.5トン。 ヘリコプターの飛び立つ強風で飛ばされてしまわないよう、一つ一つ降ろした荷物をヘリコプターから数十メートル離れた辺りに並べ、軽そうな荷物の上には重めの石を載せる。 この作業をできるだけ急ピッチでひたすら繰り返すのである。この日は荷降ろしの手伝いのために5名ほどの乗組員が乗っていたおかげで、作業は10分くらいで終わったろうか。 それでも汗をかきながらなんとか荷物を降ろし終わり、パイロットや乗組員と握手し別れを告げると、爆音と爆風ともにヘリコプターは飛び上がる。
手を振っていたいところだが、この巨大なヘリコプターが飛び立つ時は、とにかくものすごい爆風なのだ。 自分も荷物も飛んでいってしまわないように荷物の上にうつ伏せになって、ヤッケのフードを被り、サングラスをして、目はしっかりとつぶらなければならない。 上からも下からも、大粒の砂がバチバチと全身を打ち付けてくる。 この砂嵐で、髪の毛はもちろん、体中がジャリジャリになってしまう。 一度、ポケットのジッパーを閉め忘れたことがあり、その時はポケットの中に大量の砂が入り込み、中に入れていたリップクリームやデジカメが砂を被り、デジカメに無数の傷跡が残ってしまった苦い経験がある。 テントマットが飛ばされないよう上に乗って押さえつけた時、風向きが悪くて身体ごと飛ばされてしまいそうになったこともある。
ヘリコプターが去ったあと、信じられないほどの静寂が辺りを包んでいた。 船の中にいると、停泊中でさえ、どうしてもある程度のエンジン音と振動が響いている。 それにしてもここは本当に、なんて音と匂いのない世界なのだろう。あまりの静けさに、キーンと耳鳴りがするような気がして、自分の鼓動と呼吸の音ばかりが聞こえる。 生き物の気配がまったくしない。 当たり前だが、火星に行ったことなどないのに、ちょうど私の想像の中にある火星と重なって、きっと火星に降り立ったらこんな感じに違いないとさえ思った。
一見すると生命の気配をまったく感じさせないが、それでも露岩域は、南極大陸の中で生き物たちが生息できるごく限られた場所なのである。 ゴツゴツとした 岩肌が連なったその風景は、まさに地球がそのまま剥き出しになっているかのようで、自分が地球上で生きていることをしっかりと感じさせてくれる。
昭和基地がある東オングル島から南には、大陸の沿岸に幾つかの露岩域が点在している。 その中でも、ここラングホブデは、昭和基地から約25km南という基地にかなり近い場所に位置している。 南極観測隊員の多くは、ほとんどの期間を昭和基地で生活するが、私を含む生物研究チームは露岩域で野外調査をしながら少人数で過ごす。 ここは昭和基地や砕氷船しらせでの生活と違って、風呂もなければトイレもない。 もちろん電子メールも繋がらない。寝泊まりするのは雪鳥沢小屋という小さな生物観測小屋で、ここをベースにして様々な場所へ足を運ぶのだ。 行動パターンや期間は調査内容によって毎回変えるが、今回はこれからここで約1か月間、ほとんど3名だけで過ごし、クリスマスも年末も正月もここで迎える。
ヘリコプターから降ろした山のような荷物を見ると少し途方に暮れたような気持ちになる。 荷降ろしは比較的楽なのだが、ここからは私たちだけで約100メートル離れた小屋の脇まで一つ一つ運んでいかなければならない。 さらにその間にも手分けして、小屋の立ち上げ作業をし、運んだ荷物を食料、装備、研究機材などに分け整理して並べ、小屋の脇にはテントを設営する。 単調でなかなか足腰にくる作業ではあるが、これをしないと何も始められないのだ。
何往復したかわからないが、やっとすべて運び終え、頑丈そうな荷物に腰かけながら、冷たい空気でキンキンに冷えたオレンジジュースで一服した。2時間ほどかかって、ある程度の作業が終わった頃にはクタクタに疲れている。 しかも、まだ荷物の整理がすべて終わったわけではない。 けれど、長かった狭い船の生活から解放されたこと、久しぶりに自由に地面を歩き回れる嬉しさ、南極大陸に降り立った喜びが重なり、気分は爽快でとても元気だった。
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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽 憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・
森のなかえ
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