ⰧⰊⰧ Intermiussion/幕間 =狂(きょう)の出来事=平成5年04月21日<ⰧⰊⰧ ◆ デイリー・メール紙が某外科医の撮ったイタズラ写真をネッシー出現!と大々的に報道(1934年)、世界はトリック写真であったと撮影者が白状するまでの60年間騙された。 ◆ 特捜検察は政府の都合がいいことしか捜査してはならない、と言うことを一般国民に知らしめた日(1954年=造船疑獄で犬養健法務大臣が指揮権を発動)。 ◆ 任天堂によって、新型兵器『ゲームボーイ』が発売される(1989年)。
本日記載附録(ブログ)
アフリカでしばしば大発生し、ユーラシアの農作物に深刻な被害を及ぼすサバクトビバッタ。
防除のために巨額の費用が投じられているが、未だに根本的な解決策は見出されていない。
『バッタを倒しにアフリカへ』と単身、西アグリカ・モーリタニアに渡った日本人がいる。
”愛するものの暴走を止めたい”と語る前野ウルド浩太郎、秋田市土崎港出身の人である。
【この企画はWebナショジオ】を基調に編纂(文責 & イラスト・資料編纂=涯 如水)
“サバクトビバッタの相変異” の解明が世界を救う
前野ウルド浩太郎(04)◇◆ 第2回 サバクトビバッタとは何者か =1/3= ◆◇
サバクトビバッタ、という昆虫は、今、サブカルチャー的に著名かもしれない。
人気コミックでサバクトビバッタの能力を持った人間が活躍するものもあるのだが、それ以上に、ある特定の人物が引き起こしたムーブメントの勢いがとまらない感がある。
「バッタ博士」こと、前野ウルド浩太郎。ウルドは、目下、研究の拠点を置いているモーリタニアで名付けられたローカルネームであり、論文を発表する時の名前でもある。
前野さんのブログ「砂漠のリアルムシキング」は2011年にポスドク(博士研究員)として、モーリタニアに向かう直前に始められ、現在も続いている。独特の諧謔を交えた(自虐的ともいえる)語り口が人気を博し、多くの人の目に触れてきた。著書『孤独なバッタが群れるとき』(東海大学出版会)では、主に大学院に入ってから博士号取得前後の研究室でのサバクトビバッタ飼育と実験、成果について語りつつも、やはり抱腹絶倒の筆力で学問の現場からの報告をエンタテインメントとして成立させた。そのようなわけで、今、日本語でサバクトビバッタについて何かを書こうとすると、まずは前野さんに言及することになる。
それでも、やはり最初に押さえておかなければならないのは、サバクトビバッタという昆虫そのもののことだ。そいつは、どんな奴なのか。
日本にもいるトノサマバッタとは同じ科で分類的には近く、つまり極端な乾燥地帯に生息しているトノサマバッタをイメージすれば素人的な理解としてはまず合格だろう。
アジアのトノサマバッタは時々、大発生して農作物に壊滅的な被害を与えてきた。大挙して飛来しては、すべてを食べてつくしてしまうのである。日本では開拓時代の北海道の事例がよく引用される。作物どころか家屋の障子紙まで食い尽くしたと言い伝えられるのが凄まじい。最近では、2007年、関西国際空港で開港直前の「第2期島」で大発生し、調査の結果およそ4000万個体がいることが分かったという。航空機の運航上の脅威になりかねないので、大がかりな防除が行われた。その時の写真を見た人なら「なにこのバッタ?」と思ったはずだ。なぜなら、我々に馴染みのあるトノサマバッタは、緑色っぽいのに対して、こちらはもっと黒っぽい、まるで別の体色だからだ。
ここで覚えておくべきキーワードは、「孤独相」と「群生相」。ふだんぼくたちが見ているトノサマバッタは、孤独相といって、群れることなく、ほとんど単独で生きている。もちろん繁殖する時には、雌雄が集うわけだが。一方、群生相は、幼虫の時代から群れる。なにかを引き金に、そのような行動の変化が起こり、同時に体色など姿形が変化する。だから、いきなり群れて群生相になっているトノサマバッタを見ると、「なにこのバッタ?」となるわけだ。
・・・・・・・・明日に続く・・・・・
…… 参考資料: 前野ウルド浩太郎_ウィキペチディア(Wikipedia)より (4/6) ……
前年の2010年は幸いにも大雨の年であったことから、前野が渡航した2011年4月頃までは例年以上に植物が残っており、小規模ながらもサバクトビバッタの野外調査を行うことができた。しかし来る干ばつを予想していなかったことから、野生のサバクトビバッタを捕獲して研究所で飼育しておらず、研究材料が乏しい状況に追い込まれた。この間、サバクトビバッタに懸賞金を設定して現地の子供たちに捕獲協力を仰いでみたり、身近にいるゴミムシダマシに研究対象を変えてみたりと、論文執筆のネタ探しに苦闘する。また、東海大学出版会が若手研究者を執筆者の条件とした〈フィールドの生物学〉シリーズ企画を前野に持ち込んだことから、後に出版される『孤独なバッタが群れるとき』執筆に時間を充てることとなった。
最終的に、モーリタニアでの初年度野外調査はこれ以上困難と判断し、前野は世界有数のバッタ研究で知られているフランス農業開発研究国際協力センター(略称: CIRAD)に招かれて、2012年4月から9月にかけてフランスで過ごすこととなった。同センター研究員で統計学を得意とするシリル・ピウ(Cyril Piou)が過去にモーリタニア国立サバクトビバッタ防除センターを訪れて以来、前野は遠隔でピウと共同研究を進めていた縁もあり、この渡仏が実現したのであった。以降、前野はピウと共著論文を複数本発表している。
フランスからモーリタニアに戻った2012年9月以降、サバクトビバッタの野外生態調査を精力的に行っていくことになる。サバクトビバッタの生息域である砂漠では、昼夜の寒暖差が摂氏30度程度もある。バッタは変温動物であり、冬場の早朝は摂氏5度付近まで下がるため、動きの鈍るサバクトビバッタが天敵からどのように身を守っているのか、また飛来後どこに着陸するのかなどを調査した。これは防除策を考案するにあたり、サバクトビバッタの弱点や習性を生物学的に把握する必要があったためである[63]。前野は連日、砂漠で野営しながら、そして地雷地帯を注意深く避けながら、サバクトビバッタが隠れる植物の場所などを昼夜で比較調査していった。
初めてサバクトビバッタの大群を目撃したのは、2012年12月頃から開始した野外調査のタイミングであり、その様子を前野は「黒い雲のように不気味に蛇行しながら移動していた」と描写している。あまりの大群に圧倒され、今までのバッタ問題解決の意気込みが無知ゆえの無謀さだったと気づく。と同時に、誰もが手をこまねいているサバクトビバッタ防除への使命感も人一倍強く胸に秘めることとなった。
日本学術振興会からの助成期間である2年は2013年4月上旬に満了を迎えた。しかし前野は就職活動らしきものを積極的に行っておらず、アフリカ滞在を延長して好きなサバクトビバッタの野外研究を継続するか、日本に戻って別の昆虫を対象に研究機関から給与をもらう安定した生活を選ぶか、決断を迫られた。幸いにも、日本の国立研究開発法人国際農林水産業研究センター(JIRCAS)が国際共同研究人材育成推進・支援事業(農林水産省からの委託事業)の一環で、発展途上国の農林水産問題に取り組む国際組織である国際農業研究協議グループ(CGIAR)に若手研究者を派遣するプログラムを運営しており、これに前野は2年度連続で合格したことから、年間約200万円の研究費支援を受けることとなった。受入先はババ所長のいるモーリタニア国立サバクトビバッタ防除センターがその役目を継続した。金銭的に余裕がない中、JIRCAS-CGIARからの支援は野外調査やアシスタントの雇用費に充て、食費は貯金から捻出して、前野は現地調査を続けていった。
・・・・・・明日に続く
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https://youtu.be/jmFmkcIxrLw ==サバクトビバッタのマーチング(モーリタニア)==
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