ⰧⰊⰧ Intermiussion/幕間 =狂(きょう)の出来事=平成4年12月03日<ⰧⰊⰧ
☆★ 国際障害者デー、障害者週間(9日まで)であり、&so うどん県がみきゃんの支配下から解き放たれる(1888年)。☆★ ワン・ツー・スリー!の日だからか、ミステリー作家のアガサおばさんが自分でミステリーを実演。イギリス中が11日間大騒ぎになる(1926年=謎の失踪事件)。☆★ 地元の念願だった智頭急行が開通(1994年)。 10年を待たずに第三セクター鉄道の収益性トップの座に就き、これで姫新線や因美線がなかった事にされ必殺徐行を余儀なくされる。
本日記載附録(ブログ)
猿人、原人、旧人、新人―何百万年も前から進化してきた人類
ホモ・サピエンス=つまり、我々=だけがなぜ地球上に拡散し、文明を発展させたのか
人類進化の「常識」を覆すフローレス原人 !!?……
【この企画はWebナショジオ】を基調に編纂(文責 & イラスト・資料編纂=涯 如水)
人類進化・拡散史の解明に実証的に挑む=海部陽介=
海部陽介(11/13) ◇◆ 第5回 実は世界の最先端だった旧石器時代の日本列島 =1/2= ◆◇
旧石器時代のホモ・サピエンスについて人類学と考古学が一緒になって研究するというのは、言われてみれば当たり前のことだ。人間は生物であるけれど、文化的な存在である。両方のアプローチから攻めるのが正当であろう。
そして、実際、欧米ではごく普通の光景だそうだ。例えば同じ学術雑誌に両方の論文が掲載される。しかし、アジア、もちろん日本では、そうなっていない。ぼくが、ふと思ったのは、大学に入る時の「入り口」の問題。人類学は理系で、考古学は文系という括りがなんとなくできていて、いわゆる文理の壁が隔てているという構図だ。
「それは大きいと思います」と海部さん。「僕も今思い起こすと、大学時代に考古学を学ぶチャンスってなかったんですよね。今になって学び出して、すごい面白いじゃんって思いながらやってます。勉強するのも楽しいし、一緒に仕事するのも楽しい。あと、日本の事情として、特に旧石器時代で言えば、主要四島から人骨はほとんど出ないんです。
土壌が酸性のところが多くて、石器は残っても人骨はなくなってしまう。本州には旧石器の遺跡が1万ぐらいあるんですけど、骨が出ないので今まで人類学者は寄りつかなかったんです。日本で人骨がたくさん出るのは沖縄だけなんですよ。でも逆に沖縄では旧石器が出ないので、考古学者が来ない。不思議な偶然の分離があって、意図しない住み分けが起こっていたというのもあります」
というわけで、今後、日本の人類学と考古学交流が進むと、modern human behavior、「現代人的行動」の研究が加速する可能性がある。それぞれ深めた知見を組合わせて、世界にフィードバックすることで、「空白地帯」が少なからず埋まるかもしれない。
「ホモ・サピエンスがアジアで何をやっていたか、というのを考えるのに日本列島は有利なところがあります。そもそも、いつサピエンスが来たのかという話も、例えば中国だと旧人も原人もいて、石器だけでは、サピエンスのものなのか旧人のものなのかといった区別が簡単にできないんですね。
でも、日本列島では、遺跡がほとんどあるいは全くないところに、4万年前よりわずかに新しい時期に、急激に遺跡が増える現象がありまして、これがサピエンスの渡来のサインだとみなせます。だから、サピエンスが世界拡散していく中で、その渡来の時期がきちんとわかるポイントになるんです。それはとても重要なことなんです」
琉球列島にも、旧石器時代にホモ・サピエンスが渡ってきた、確実な化石証拠があるそうだ。
「──海を渡っているんです。おそらくオーストラリアに次いで、世界最古級の航海があった場所ですよ。僕らが考えたいのは、琉球列島に入るためには、単に船があればいいってわけでなく、実は結構難しいってことなんですね。黒潮を横切らなきゃいけないし。島と島の距離も結構ある。だから、それを追求したら、あの時期のサピエンスってこんなだったんだってもっと言えそうです。そういう話題は幾らでも転がっている」
これを皮切りに、海部さんの「日本の旧石器時代ホモ・サピエンスの行動」の話題が止まらなくなった。国立科学博物館の展示にすでになっているような確立された研究でも、まだ「世界デビュー」していないホットな話題がたくさんあるのだそうだ。
「──本州ですと、伊豆七島の中に神津島っていう島がありますけど、そこまで黒曜石(こくようせき)を取りに行ってるんですね。黒曜石って産地分析ができるので、神津産の黒曜石がもう3万8000年前ぐらいから静岡のあたりで出るんです。明らかに取りに行ってるんですよ。これも世界最古級」
「──静岡県の遺跡で見つかった落とし穴があるんです。この写真は現在の表土を全部剥いで3万年以上前の地表面を出したところですが、小さな谷筋に丸い穴がいくつも空いている。で、旧石器時代の落とし穴って、日本にしかないんです。しかも3万年前を超えてますので、世界で最古のわな猟の証拠ですよね」
・・・・・・明日に続く
○○ 参考資料: 祖先が挑戦した命がけの航海”への挑戦 =5/9= ○○
——このプロジェクトは幅広い知識が必要ですね。
海部 僕は本来、化石骨の形態学から人類進化の研究をしているのですが、いまはまったく別のことをやっています。太古の化石骨から知ることは人間を知るためのアプローチのひとつでしかなく、目的のためには専門以外のことをやってもいいと考えるからです。プロジェクトでは、海流のことや植物のことなど、わからないことがたくさんあります。僕はその都度、専門の人に聞いています。自分だけではできないことは共同でやればいいんです。
教わったことだけしかしなければ、先生より小さい人間になってしまう。進歩のためにははみだして、先人を超えていかなければいけません。このプロジェクトを始めて、強くそう思うようになりました。
=TEXT:桑原利佳(POWER NEWS)=
プロジェクト紹介動画 https://youtu.be/c6X2jmCtapE 【↓下端の動画参照 】
=ガイダンス= プロジェクト・マネージャー 海部陽介(国立科学博物館 人類史研究グループ長)
= 「日本人はどこから来たのか?」 / 国立科学博物館「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」 =
「日本人のルーツ」という大きな謎。これまでに蓄積されてきた膨大な遺跡データから、新たに見えてきたことがあります。5~3万年前に起こった、アフリカから日本列島までの祖先たち(ホモ・サピエンス)の大移動。そこには専門家もこれまで認識できていなかった、凄い過去があったことがわかってきました。
それは人類が海を越えて島に進出しはじめた最古段階の重要な証拠が、この日本列島にあったということ。最初の日本列島人は3万8000年前頃に対馬の海を渡って来ました。つまり日本人は最初から航海者だったのです!
そして近年、沖縄の遺跡調査が進んだことから、琉球列島には「3万年前のハイレベルな航海」があったことがわかってきました。当時の台湾はアジア大陸と陸続きでしたが、祖先たちはそこからなんらかの舟を出し、100 km 以上先の見えない琉球列島へ向かう航海に出たのです。それはおそらく世界最大の海流である黒潮越えを要する、たいへん困難な航海であったはず。
祖先たちはどうやってそれを成し遂げたのか。そもそもなぜそんなことに挑戦したのか──。こうした問いに答えて私たちの祖先の本当の姿に迫りたい。そのためにできる限りのことをしたい。
そこで私、海部陽介(国立科学博物館 人類史研究グループ長)と、24名の多彩な分野の一流研究者・エキスパートたちが集結し、「3万年前の事実」を追求する実証実験プロジェクトが始動しました。皆さんも大航海の”クルー”となって、この厚いベールに包まれた 大きな謎解きに一緒に挑みましょう。
明日に続く・・・・・
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= 日本人はどこからきた? 3万年前の巨大な謎にせまる大航海プロジェクト =
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森のなかえ
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