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Channel: 【 閑仁耕筆 】 海外放浪生活・彷徨の末 日々之好日/ 涯 如水《壺公》
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人類進化から見るヒト・日本人のルーツ/海部陽介(01/13)_学究達=343

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ⰧⰊⰧ Intermiussion/幕間 =狂(きょう)の出来事=平成4年11月20日<ⰧⰊⰧ

☆★ ベートーヴェンが、自作のオペラ『フィデリオ』のリサイタルを開催する(1805年)も、散々な評判と出来だったので後で作り直す破目になる。☆★ 北九州は小倉で、ギャンブル目的の自転車レースが始まる(1948年)。因みに 最古の自転車競技はパリ郊外のサンクルーで1868年5月31日に行われた1200mのレースとされている。☆★ 加藤紘一が自分の師匠に倣って総理大臣の座を獲ろうとするも、直前に腰砕けになった挙句総理大臣どころか派閥のボスの座からも追い出される(2000年)。因みに、世界こどもの日 & アフリカ工業化の日 …お呼びでない…

本日記載附録(ブログ)

猿人、原人、旧人、新人―何百万年も前から進化してきた人類

ホモ・サピエンス=つまり、我々=だけがなぜ地球上に拡散し、文明を発展させたのか

人類進化の「常識」を覆すフローレス原人 !!?……

【この企画はWebナショジオ】を基調に編纂(文責 & イラスト・資料編纂=涯 如水)

  人類進化・拡散史の解明に実証的に挑む=海部陽介= 

因みに、海部 陽介は人類進化学者(東京大学総合研究博物館教授)。父は天文学者の海部宣男。生態学者の海部健三は弟。

第76・77代内閣総理大臣を歴任した海部 俊樹は叔父。

海部陽介(01/13) ◇◆ 第1回 人類進化の「常識」を覆した“小さな巨人”、フローレス原人 =1/3= ◆◇

 -----上野の国立科学博物館に、海部陽介研究主幹(人類研究部)を訪ねた。

 今から2万年ほど前までインドネシアのフローレス島で生きていた、小型の人類「フローレス原人」の最新の研究成果について興味があった。海部さんは、東京大学の久保大輔さん、国立科学博物館の河野礼子さんとともに、今年の4月にフローレス原人をめぐる論争に一石を投じる研究結果を発表したばかりだ。

 その論争について語るには、ある程度、人類進化の通説を復習しておいたほうがいい。その方が、論争の争点がより的確に見えるだろう。フローレス原人にかぎらず、最近の人類進化をめぐる研究の展開についてもお話を伺いたいと思っていたのでなおさらだ。

 そこで、海部さん自身が監修した映画『人類の旅』を見せていただいた。「シアター36○」といってプラネタリウムの技術を用いた全天球型スクリーンの映画だ。視界すべてどころか、自分が立っている足場を除いて全球が映像に覆われるので、迫力・臨場感があり、画面が大きく動くと無重力感をいだくほどであった。

 -----映画の中で述べられていた要点をまとめると──

 最も古い人類の化石は、700~400万年前のアフリカの地層で見つかっている。初期の猿人である。直立二足歩行というヒトの特徴を持ち、森やその周辺で暮らしていた。猿人は数百万年の間、アフリカ大陸の中だけで暮らした。  180万年前頃、猿人から進化した原人(ホモ・エレクトス)が、初めてアフリカの外へ出て、ユーラシア大陸へ広がった。彼らには足が長いという特徴があった。  50万年前以降になると、各地でさらに進化したネアンデルタール人などの旧人や、フローレス原人が現れた。人類が多様化した時代だが、彼らには大きな海を渡ること、凍えるような寒さの地域に進出することはできなかった。 およそ20万年前のアフリカで、旧人から進化した新人、ホモ・サピエンスが登場した。さらに、およそ10万~5万年前、ホモ・サピエンスの幾つかの集団がアフリカの外へと移動を始め、世界中へ広がった。

・・・・・・明日に続く

○○ 参考資料: 人類はどのように日本列島にやって来たのか?=1/5= ○○

こんにちは、海部です。

 ぼくは、人類が約700万年前にアフリカで誕生してから、どのように世界中に拡散して暮らしてきたのか、つまり人類の歴史を知ることが、地球永住のヒントになると考えています。

 まず、過去に登場したさまざまな人類の中でホモ・サピエンスだけが世界中に広がった理由を考えてみましょう。

ホモ・サピエンスはなぜ世界中にいるのか?

 ぼくらとサルの違いのひとつは、生息地域です。霊長類は200~300種いますが、どれも限られた地域にしかいません。でも、ホモ・サピエンスは1種で全世界にいます。ぼくらは世界中に人間がいるのはあたり前だと思っているけれど、生物学的にいうと全然あたり前じゃないんです。なぜそうなったかというのが、ぼくのひとつの大きな疑問です。

 15万年前の世界を見てみると、ホモ・サピエンスはアフリカだけにいて、ユーラシアにネアンデルタール人(旧人)がいて、中国に旧人がいて、インドネシアには原人がまだ存在していました。その時人類は多様だったんです。これは生きものとしては普通の状態です。では、どのようにして今のような地理分布になったのでしょうか。

 185万年ぐらい前に、原人のグループがアフリカの外に出たことがわかっています。この人たちがジャワ原人や北京原人になっていき、またフローレス島などにも到達しました。こうして人類は多様化していきました。

 ホモ・サピエンスは20万年ほど前にアフリカで誕生して、長い間アフリカにしかいませんでした。およそ10万~5万年前にいくつかのホモ・サピエンスの集団がアフリカの外へと移動し始め、やがて世界中に拡散していきます。

彼らは新しい能力を持っていました。ヨーロッパに残る壁画のように、芸術に繋がるような、創造的な活動が行われました。音楽も奏でていました。音や絵を使いこなしていたことから、複雑な情報を伝えあっていたと考えられます。

5万年前の時点でも、世界の半分の地域にしか人類はいません。アフリカ大陸とユーラシア大陸です。残りの地域は、ホモ・サピエンスによってはじめて進出されたんですね。これを見ると、ホモ・サピエンスは何ができる人類で、それ以前の人類には何ができなかったかが見えてきます。原人や旧人ができなかったことは何ですか? そう、海を渡ることです。

・・・・・・明日に続く

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=上記本文中、変色文字(下線付き)のクリックにてウイキペディア解説表示=

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森のなかえ

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