ⰧⰊⰧ Intermiussion/幕間 =狂(きょう)の出来事=平成4年08月13日<ⰧⰊⰧ
☆★ リヒャルト・ワーグナーが自分でおっ建てた豪華な劇場でリサイタルを開催(1876年=第1回バイロイト音楽祭開幕)、だが派手にやった割に大赤字となりワーグナー自身も精神的なダメージを被る破目に。☆★ 東ドイツが西側に無断で大規模土木工事に着工、手始めに予定地を有刺鉄線で封鎖する(1961年=ベルリンの壁の建設を開始)。☆★ 日の丸と君が代が正式に日本の国旗と国歌になる(1999年)。強制はしないという建前だが、実際のところはお察し下さい。
本日記載附録(ブログ)
クレオパトラ7世フィロバトル;古代エジプト、プトラマイオス朝のファラオ(最後の女王)
ガイリス・ユリウス・カエサルやマルクス・アントニウスらとのロマンスで知られ、「絶世の美女」とも
紀元前51年、クレオパトラ18歳の時、遺言によって弟プトラマイオス13世と共同で王位に就く
【この企画はWebナショジオ】を基調に編纂(文責 & イラスト・資料編纂=涯 如水)
イチジクに忍ばせていたコブラに乳房を噛ませて自殺したとも…
◇◆ クレオパトラの激動の生涯と逸話絶世の美女が歴史に残したものとは?=2/5= ◆◇
カエサルとの出会い
紀元前48年、カエサルはクレオパトラとプトレマイオス13世の和解を取り持つために、アレクサンドリアで仲介しようと試みます。しかし二人は戦闘状態であったため、クレオパトラはアレクサンドリアに入る事が難しい状況でした。
そこでクレオパトラは自身を絨毯に包ませ、カエサルへの贈り物となりカエサルの元に参上することに成功します。こうして二人は出会いました。カエサルは、絨毯の中から出て来たクレオパトラに驚くとともに魅了され親密な仲になりました。
カエサルはクレオパトラとプトレマイオス13世を和解させますが、この和解も15日間しか続かず、プトレマイオス13世がカエサル軍に攻撃を仕掛けたため、カエサル率いるローマ軍は紀元前47年にナイル川の戦いでプトレマイオス13世を死に追いやり制圧しました。プトレマイオス13世はナイル川で溺死したと言われています。
息子カエサリオンの誕生とカエサルの死
その後、クレオパトラはもう一人の弟プトレマイオス14世と再度姉弟婚をし、共同統治を行います。しかしこれはカエサルの後ろ盾によるもので、実際はクレオパトラがほぼ単独で統治をしていました。その上、紀元前47年には、カエサルとの子であるカエサリオンが産まれます。
紀元前46年23歳の時、カエサルがローマの独裁官に任命されて凱旋式を行った頃、息子のカエサリオンと共にローマへ渡り密かに滞在します。しかし、愛人であり後見人であったカエサルが紀元前44年にブルータスらの共和派に暗殺されると、急遽逃げるようにエジプトに帰国しなくてはならなくなりました。
紀元前44年25歳の時にエジプトに戻ったクレオパトラは、夫のプトレマイオス14世の死後、後継者として小さな息子のカエサリオンをプトレマイオス15世に襲名させ再度共同統治を行いました。一方、カエサルの甥っ子で養子であったオクタウィアヌスとマルクス・アントニウスとレピドゥスは三頭政治をとり、カエサルを暗殺したブルータスらの共和派を討伐するのですが、クレオパトラはブルータスらの共和派を支援していました。
紀元前42年、三頭政治派はマケドニア属州に逃げていていたブルータスらの共和派をフィリッピの戦いで破り、ローマ帝国は西を制したオクタビアヌスと東方世界を受け持ったアントニウスという実力者2人によって実質的に分割統治されることになります。
・・・・・・明日に続く・・・
⨂⨁ 参考資料: 皇帝に成り損ねたカエサル =5/8= ⨂⨁
軍事に優れた男・ポンペイウス
ポンペイウスは共和政ローマ時代の軍人で、裕福なエリート家系の人物。ヒスパニア(スペイン)遠征を成功させたりオリエント・小アジア(トルコ付近)を平定し属州化したりと、その功績はずば抜けていた。カエサル・クラッススとの第一回三頭政治に参加した時が彼の人生の頂点でした。その後はカエサル対立し内戦で敗北、エジプトへ逃げますが暗殺されてしまう。
彼の妻ユリアはカエサルの娘で、夫婦仲はとても良かったそうです。しかしユリアが産褥で亡くなったことで、カエサルとの間の溝が深くなってしまった。もしユリアが亡くなっていなければ、少しは情勢が違ったのかもしれません。ちなみに、カエサルが暗殺されることになった場所は、ポンペイウスが建てた「ポンペイウス劇場」でした。
とにかく金持ち・クラッスス
クラッススもまた軍人であり政治家。当時、裕福な身分は騎士階級(エクイタス)と呼ばれる階級でしたが、彼はその騎士階級の代表的な存在だった。また、弁舌の才能にも恵まれ、元老院で勢力を持っていた。このため、元老院に対抗したいカエサルとポンペイウスにとってはぜひ仲間に引き入れたい人物。加えて、大金持ちである彼はカエサルの最大のパトロンでもあった。
しかし、クラッススはポンペイウスとはとても仲が悪かったのです。というのも、剣闘士スパルタクスの反乱において、頭目のスパルタクスを討ち取ったのは彼だったのに、ポンペイウスが自分こそが手柄を立てたと元老院に報告し、手柄を横取りした。
その後、クラッススはポンペイウスへの対抗心から、いまだ成功していなかったパルティア遠征(イラン高原付近にあった王国)を実行する。ところが彼はここで戦死してしまい、結果として第1回三頭政治が崩壊する。
カエサル最大の功績!ガリア戦争
前58年、カエサルはガリア方面(フランス・ベルギー・スイス方面)の属州総督となり、その地を平定するべく赴任します。この時の異民族との戦いが、7年間に及んだ「ガリア戦争」。ガリア戦争で勝利を収めたカエサルは、ガリア全域をローマの支配下とし、自身のキャリアに輝かしい功績を残すこととなった。加えて、大量の戦利品などを得たことで財力も得たのです。
また、辛く長い戦いの中で、兵たちはローマよりもカエサル個人に忠誠を誓うようになっていた。カエサルの率いる軍は無敵の強さを誇るようになり、同時に、ローマにいる元老院の面々は警戒を抱くようになっていきます。この時の戦いを、カエサルは「ガリア戦記」という書物にまとめ誇示した。 ・・・・・・明日に続く・・・
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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽 憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・
森のなかえ
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