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Channel: 【 閑仁耕筆 】 海外放浪生活・彷徨の末 日々之好日/ 涯 如水《壺公》
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石の絞首台/ストーンヘンシ21/21 ; 歴史深層(041)

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ⰧⰊⰧ Intermiussion/幕間 =狂(きょう)の出来事=平成4年08月08日<ⰧⰊⰧ

☆★ この日になって暑中見舞いを出そうなんて考えない様に。今日から出すなら残暑見舞い。されるならばと人々が「ハハハハハハハハハハハハ!(888…)」と笑いすぎて横隔膜が崩壊する事態が続出する日。☆★ 前日のガダルカナル島への殴り込みに対し、日本軍がソロモン海で夜討ち。日本は勝った筈が、例によって全力を挙げて見逃し更にフロリダ諸島を奪われる羽目に(1942年)。☆★ 例の「公共放送をぶっ壊す」とほざいた政党の党代表が総務省に「NHK受信料の徴収方法に異議あり!!」と提訴。令和一発目の野党の裁判沙汰である(2019年)。

本日記載附録(ブログ)

グレートブリテン・アイルランド連合王国南部₌ソールズベリー₌の北西近郊に在る環状列石

最も有名な先史時代の遺跡である。この直立巨石はBC2500年~BC2000年の間に建立された

夏至の日、ヒール・ストーンと呼ばれる6mの玄武岩と、中心の祭壇石を結ぶ直線上に太陽が昇る

【この企画はWebナショジオ】を基調に編纂(文責 & イラスト・資料編纂=涯 如水)

◇◆  ストーンヘンジの起源に新説、石はリユース品だった =3/3=  ◆◇

直径や石の並び、素材も同じストーンサークルが見つかる

 今回の論文の著者らは、これを強力ではあるが暫定的な説だとしている。この説に賛同する他の専門家もいる。ウェールズにあるカーディフ大学の考古学者リチャード・マジウィック氏は、ストーンヘンジの基になる石が少なくとも1つはウェールズにあったという考えには「かなり説得力がある」と述べている。

 しかし、まだ十分な証拠があるとは考えていない専門家もいる。

「ジェフリー・オブ・モンマスが書き残した口承の証拠を探すというのは興味深いアプローチですが、これまでにワイン・マウンで発見された痕跡は、この時代のストーンサークルから想定されるものとは一致していません」と、英ボーンマス大学の考古学者ティモシー・ダービル氏は話す。「この主張を立証するためには、明らかにもっと調査が必要です」

異なる地域の人々がストーンヘンジに集まっていた

 ストーンヘンジに現存する44個のブルーストーンのうち、ワイン・マウンにあったと自信をもって言えるのは(今のところ)1個だけだ。このことから研究チームは、これらのブルーストーンが、この地域の複数の場所から持ってこられた可能性があるとしている。もしそうだとすれば、ストーンヘンジはそこへ移住してきた人たちにとって特別な重要性を持っていたことが考えられる。なぜだろうか?

 複数のDNA調査により、5000年前にソールズベリー平原周辺に埋葬された人々は異なる起源を持っていたことが明らかになっている。石造りの墓を建てるウェールズ西部やアイルランドから来た人々もいれば、死者を長い墳丘墓に埋葬するイングランド東部から来た人々もいた。「これらの地域はまた、伝統的に生と死の様式が異なっていたと言えます」とパーカー・ピアソン氏は話す。

ストーンヘンジはこれらの地域のちょうど中間に位置している。そのため、新石器時代の異なる集団の人々が文化的な違いを統一させることができる一種の「中立地」として機能したのではないか。パーカー・ピアソン氏はそのように考えている。

 マジウィック氏が率いた最近の研究も、この考えを支持している。ストーンヘンジ近くの新石器時代の遺跡「ダーリントン・ウォールズ」で、多数の豚の骨が発見された。化学分析の結果、豚は英国全土から運ばれ、大規模な饗宴で消費されたことが明らかになった。ブリテン諸島の人々が、自分たちのアイデンティティと経験を共有するために集まったのだ。

石に刻まれた先祖の記憶

 特定のブルーストーンがなぜウェールズからソールズベリー平原に運ばれたのかは、定かでない。しかし、世界の反対側にある岩が、そのヒントになるかもしれない。

 1990年代にパーカー・ピアソン氏は、マダガスカルの巨石建造物の研究者と一緒に仕事をしていた。マダガスカルでは、現在もそうした建造物が造られている。石は先祖のためのものだと、マダガスカル人研究者は説明した。木は腐るが、石は永遠に残る。巨石は死者を象徴するために、そして彼らの記憶を永遠に生かしておくために用いられるのだ。

 同じことが、ウェールズから運ばれたブルーストーンにも当てはまるかもしれない。ストーンヘンジに設置されたこれらのブルーストーンは、その時代に建てられた多くの墓と同様に、やはり永遠の存在である太陽の動きに合わせて配置された。ストーンヘンジは、多くの文化が集まる場所であるだけでなく、記憶のモニュメントでもあったのかもしれない。

私たちは彼らと5000年の歳月を隔てて生きているが、先人を不滅のものにしたいという彼らの思いには容易に共感できる。ブルーストーンは3トンもあるが、私たちが亡き人から受け継ぐ写真、手紙、小物などの小さな形見と同じだったと言えるのだ。

 そして、古代ブリトン人がそうしたように私たちも、そうした大切な品々を引っ越し先に持って行くだろう。

「先祖が何者であり、その結果として自分が何者であるかを示すものを、私たちはともに持って行くのです」とパーカー・ピアソンは語る。

文=ROBIN GEORGE ANDREWS/訳=桜木敬子

・・・・・・・明日よりの新節に続く・・・

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= Ancient Aliens: Mysterious History of Stonehenge   = 

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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽  憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・

森のなかえ

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