ⰧⰊⰧ Intermiussion/幕間 =狂(きょう)の出来事=平成4年11月09日<ⰧⰊⰧ
☆★ 国政選挙が公示される度に立候・落選を繰り返す某氏を慰労する為の“発明家の日”。&so、ラジーミル・レーニンに恐れを為したドイツ社会民主党(ナチス)が、皇帝ヴィルヘルム2世の夜逃げに乗じてブルジョア民主主義の共和国を宣言したり(1918年)、間抜けな小役人の失言(!?)で国外追放予定になる筈だった市民がベルリンの壁をぶち壊して(1989年)1年も経たずにドイツの東が西に呑み込まれたり、ドイツが必ずこの日に重大な事態に直面し続け、20世紀に定着した=ドイツの厄日=であり以下はオマケ・・・・・。☆★ 今の政府のあまりの無能ぶりに乗じて、コルシカの山師が鉄砲と大砲で権力の掌握に成功する(1799年=ナポレオンが軍事クーデターを起こし総裁政府を倒し、フランス革命が終焉)。☆★ 余りの政治の混乱ぶりに徳川慶喜が匙を投げて、天皇陛下に全てを押っ付ける(1867年=二条城で大政奉還を宣言) 。
本日記載附録(ブログ)
地球上のありとあらゆるものは、様々な元素でできている、/なかでも「大きな元素」は自然には存在せず、人工的につくったものだ
大学院生の住田貴之とともに実験結果の初期解析を行なった結果、2012年8月に3個目の113番元素の合成を新たな崩壊経路で確認する
この実験が新元素の合成成功に結び付き、世界の科学者が“超重元素の錬金術師”と彼を呼び、113番元素は「ニホニウム」(nihonium元素記号:Nh)との命名される
【この企画はWebナショジオ】を基調に編纂(文責 & イラスト・資料編纂=涯 如水)
様々な科学手法・長期間の反復実験を重ねる“超重元素の錬金術師”=森田浩介=
森田浩介(06/13) ◇◆ 第三回 「光速の10%でそっとくっつける」超重元素合成 =1/2= ◆◇
超重元素である113番元素は、埼玉県和光市にある理化学研究所仁科加速器研究センターの重イオン線形加速器(RILAC、ライラック)を使って合成された。2004年と2005年にそれぞれ1回、2012年に1回、計3回、である。
「合成」というと目で見えるような塊を生成物として想像するかもしれないが、ここではあくまで原子核1個単位の話だ。つまり、合計3回、3個の原子核を創り出した、ということ。
その方法は、説明してもらうと意外なほど単純な「足し算」だ。
「原子番号30質量数70の亜鉛をビームにして、原子番号83質量数209のビスマスにぶつけるんです。単純に足してみてください。原子番号は陽子の数ですから、30と83を足して113になります。質量数のほうは足すと279。2核が融合した直後の“複合核”は少しだけ励起(興奮)していて、すぐに1個の中性子を吐き出し、目的とする質量数278の113番元素が合成されます。
鉛やビスマスを標的にするのはドイツのGSI(重イオン研究所)という研究所が得意にしていたやり方で、107、108、109、111、112番新元素の合成に成功していました。我々は同じ方式を採用しビスマスに、亜鉛70をぶつけることで113を狙ったんです」
亜鉛70というのは、まさに質量数278から逆算したものなのだ。ただ、自然界にあまりたくさんあるものではない。
「自然界の亜鉛は、亜鉛64、質量数が64のものが一番多い割合で存在していて48%を占めているんです。亜鉛70は、0.63%。なぜ亜鉛70かというと、できるだけ中性子の多いものを使いたいからなんですね。目標にする113番元素は、中性子が少なすぎると不安定です。でも、この亜鉛70がめちゃくちゃ高価なんですよ。アイソトープ濃縮されたものを買わないといけないので」
どれくらい高価かというと「1グラムでウン千万円」のオーダーだそうだ。どれだけお金のかかる研究だろうかと心配になる。ぼくが問うと、森田さんはその場でこれまでの実験で使った亜鉛70の量を手計算しはじめた。
「1秒間に、亜鉛70の原子核を3×10の12乗個。それだけの玉を打ってるんですね。これに3600を掛けたら1時間分で、24を掛けて1日分で……さらに大体570日ぐらい照射したので、総照射個数が1.3×10の20乗ぐらい。10の20乗のオーダーになるとグラムで言える程度になるんです。6×10の23乗がアボガドロ数ですから……」
というふうに計算して、結論は、14ミリグラム、0.014グラム程度、ということになった。3個の113番元素を合成するためにビームとして打ち込んだ亜鉛70はその程度、ということで、ややほっとしたのだった。
・・・・・・明日に続く・・・
=== 参考資料: インタビュー・森田浩介(2/5) ===
2001年当時、超重元素の合成は原子番号112番まで進んでおり、107番から112番までの元素はすべて、ドイツ重イオン科学研究所(GSI)によって合成された。森田准主任研究員らは、GSIが合成した元素の追試から始めた。すると、わずか1週間で108番元素を10個合成することに成功。110番の合成にも成功し、さらに111番を50日間で14個合成した。
「私たちには新しい超重元素を合成する能力が十分あると確信し、2003年9月5日から113番元素の合成実験を開始しました」
112番の追試を飛ばしたのは、GSIが113番の合成実験を8月から始めたという情報が入ってきたからだ。GSIは113番元素の合成を確認できないまま、11月に実験を終了。森田准主任研究員らも年末まで実験を続けたが、113番元素の合成は確認できなかった。次の実験開始は2004年4月。113番ではなく、あえて112番の合成を行った。すると、約1ヶ月間で2個の合成に成功。
「GSIは4年かけて2個でした。私たちはGSIの能力を確実に超えている。必ず113番元素を合成できると確信しました」
2004年7月23日、1個目の合成に成功
2004年6月、リングサイクロトロンが故障。これが思わぬ幸運をもたらした。RILACは使えたので、9月から予定されていた超重元素の探索実験を7月から行うことになったのだ。
そして2004年7月23日、113番元素の合成を確認した。原子番号30、質量数70の亜鉛(70Zn)の原子核をRILACで光速の10%にまで加速させたビームを、原子番号83、質量数209のビスマス(209Bi)の標的に照射。その結果、209Biと70Znが核融合を起こし、原子番号113、質量数278の元素278113が合成されたのだ。
「2004年7月23日の午後6時55分でした。“今日はこれで帰ります”と言って計測室を出ようとした研究員の森本幸司さんが突然、“森田さん! これ見てください!”と叫んだのです。“本当かよ?”というのが正直な気持ちでした」と森田准主任研究員はその瞬間を振り返る。半導体検出器は自動解析を行っていて、113番元素を捉えるとコンピュータの画面に表示されるようになっていた。
「落ち着け、間違いかもしれない、と自分に言い聞かせながらコンピューターの画面を見たのですが、間違いなく113番元素を捉えていると分かり、鳥肌が立ちました。森本さんに原子核が崩壊を始める時間と放出するエネルギーを解析してもらったものの、森本さんも私も手が震えてキーボードが打てませんでした。それでもなんとか原子番号107のボーリウム(266Bh)までは解析し、そこからはすでに帰宅していた研究員の加治大哉さんに来てもらい、残りを解析してもらったのです」
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